舞台2 ページ33
楽屋で荷物を片づけている時、一人の少年が芙希を呼んだ。
聖歌隊の衣装をつけている。
「フキ、僕のこと覚えてる?」
あら誰だっけ?と一瞬芙希は考えたが、「ああ!クリスティアン?」
「そうだよ!」
少年は嬉しそうに笑った。
「もうすっかりいいの?」
「うん!・・・病院でフキが『治ったら聖歌隊に入れるといいわね、クリスティアンは声がいいから』って言ってくれたでしょ。それでぼく、頑張ったんだ」
だいぶ前、芙希がボランティアで訪れた小児病棟に長期入院していた子だった。
背も高くなり、元気そうな顔色をしていた。
本当に聖歌隊に入ったのだ!
芙希ははっと彼を抱きしめた。
なぜかもうこの場で死んでもいいような感動を覚えた。
しいて言えば、音楽をしていて良かった、自分も生まれてきて良かった、と思えるような。
クリスティアンも、自分が産んだ子のような気がした。
「偉いわ!よく頑張ったわね。・・・一緒に演奏できて本当に嬉しいわ!
ありがとう、クリスティアン」
小さな復帰戦をするっと終えてしまったが、二人にとってここまでは本当に困難な道のりだった。
物事に優先順位をつけると必ず最優先以外のものには行き届かなくなる。
芙希のように不器用な人間が順位のつけられないものをいくつも持っていれば、自分のキャパを広げていくしかなかった。
ほんの数時間の練習でも、内田やモーリンに子どもをみてもらっての時間なので、芙希はやっぱり気が引けた。
でもそれだけ負担をかけるからには絶対に集中しようと思っていた。
日中どうしても弾けなかった時には夜中にサイレントピアノで練習した。
何もかも忘れて何時間でも練習に没頭するというような贅沢は、もうできない。
合わせ練習にも出かけなければならなかった。
たまに子どもが泣いたりするのを振り切って行く時はとても辛かった。
子どもを泣かせてまで自分は何をしようとしてるんだろうと悩んだ。
モーリンが居たり、内田が行け!と言ってくれなかったら到底無理だったろう。
自分だけのことなら諦めてやめてしまったと思う。
帰ってきたらすぐさま子どもを抱きしめ、顔色を見て、モーリンの報告を聞く。
ああ無事で良かったと、毎回心から安堵した。
すぐに気持ちを切り替えて子どもの相手をし、遊んでやったり、本を読んでやったり、よちよちした話を聞く。
子どもたちに触れて心はすっかり笑顔になるが、身体はくたくただった。
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作者名:夏葉 | 作成日時:2015年1月30日 13時