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ヴィターリ ページ29

子どもたちは午前中さんざん遊んで、昼食後めでたくそろって眠ってしまった。

双子は二人でよく遊ぶようになっていた。


芙希はほっとして一休みしていた。


宮下が来て、またツアーに出ると言う。

宮下は今日は楽器を持って来ていた。

何かいわくありげな顔をしていたので、芙希は黙って座っていた。

珍しく黙り込んで勝手にコーヒーを注いで飲んでいた宮下が、ぽつりと漏らした。



「愛情のあるところには、お金で幸せは買えるんだよね」



宮下は何を言いたいのだろう。

ため息をついて振り返った宮下は、芙希が見たこともないような表情をしていた。

急に何歳も老け、自分よりずっと年上になったように見えた。




「僕はね、ごく小さい頃に家族を全部なくした。

今の両親が施設にいた僕を引き取って、ヴァイオリンを習わせてくれたんだ。


この世に、一度も音楽を聴いて感動するチャンスもなく世を去る子どもが何人いると思う?

貧困、飢餓、病気のために、希望もなく生涯を終える子どもが、信じられないほどたくさんいるんだ。


日本にそういう子たちのために演奏して回るオーケストラがあるのを知ってる?

日本の学生が自分のオケを立ち上げたんだ。

僕は今回そのオケといっしょにまわろうと思う。


僕の、ほんとうの名前は天野、天野純というんだ。芙希さんに、聞いておいてほしかった。」



宮下は芙希に何も言う間を与えないで、いきなり弾き始めた。



ヴィターリのシャコンヌ。



宮下独特の音楽は、前はやや細身でセンシティブであったものが、大人の筋骨を露わにしていた。

コンクールの時にはホールの天井をぶち抜く勢いだったが、今は無駄な動きを抑えながら、ぐいっと新しい響きを大胆に組み上げてみせた。

グァルネリはもう宮下の身体の一部のように完全にフィットしていた。


いよいよ本領を発揮しつつある。

宮下の天分は開ききろうとしていた。



汗を光らせながら宮下は弓を置いた。




芙希は圧倒されていた。


オーケストラをバックにつけたいような大きな演奏だった。


宮下は何を弾いても、以前のものを一刀のもとに断ち割り、中から新しい姿を現してみせる。


凄まじいエネルギーだった。





「私の音楽は、先人の積み上げた道の先にある。

あなたのは、誰も通ったことのない道だわ。

今まで誰も見ることのできなかった世界を、あなたは知ってるわ。


あなたが宮下純でも天野純でも、やっぱりあなたは天才よ」



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作者名:夏葉 | 作成日時:2015年1月30日 13時

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