コンソレーション ページ26
以降、内田家には、内田が聞いたことのない曲ばかり流れてくるようになった。
芙希が小学生のころやっていた練習曲や、基礎の基礎ばかりだ。
スケール、アルペジオ、3度、6度、オクターブ・・・
子どもが寝ている間とか、芙希は1日24時間のうちせめて1時間でも完全に練習に集中したかった。
丁寧に音を聴きながら反復練習する。
ゆっくり弾いて、リズムを変えたり、だんだん速くしていったり、また戻ったり・・・
繰り返し辛抱強く、単純な練習を延々と続けていく。
「飽きずに毎日よく続くね」
内田が時々のぞいて感心して言った。
こんな風な練習は今まできいたことがなかったのだ。
この不器用で馬鹿正直ともいえる我慢強さ、そして絶対に妥協をしないという姿勢が芙希の舞台を支えている。
(桜子、悠理海、よーくママを見とくんだぞ!プロになるという事はこういう事なんだ)
まだわからないだろうが、これは偉大なことだぞと、内田は子供たちに教えたかった。
「芙希が入院してた時ね、俺よく芙希のCD聴いてたよ」
「あら、ほんと?聴いてくれたの?」
「だいぶ前のコンソレーション。
芙希の手料理が食べられないとか、家事をしてもらえないとか、身体が恋しいとか(笑)、
そういうことじゃなくて、『芙希』がいなくて淋しかった。
一人で淋しかったけど、でもあれ聴くと、とっても慰められたよ!
1つ1つの曲が、芙希が俺に笑いかけてくれてるみたいだった」
コンソレーション。きれいな優しい小品をまとめたCDだ。
自分は日本で演奏活動を始め、前へ前へとひたすら突っ走っていた頃の録音だ。
内田と離れてせつなかった。
遠い国にいる内田に届けたくて、思いのたけを込めて弾いた曲だった。
ただひたむきに、心で弾いていた。
それを今、聴いて「慰められた」と言ってくれるのか。
芙希は急に顔を覆った。
大粒の涙があふれた。
ああ!また弾きたい!
心を伝えられるピアノを弾きたい!
内田に聴いてもらいたい!
芙希は熱い情熱が、胸に燃え上がるのを感じた。
「芙希・・・」
「ありがとう!ほんとに、ありがとう・・・」
「ママ?」「ママ?」
何かを感じたらしく、二人がそろってよちよち走ってきた。
芙希は急いで顔を隠し、涙を拭いて「ばあ〜っ!」と笑って見せた。
「二人とも、なんていい子でちょう!あんたたちのパパは、なんて素敵な人でちょう!」
芙希は二人を抱きしめながら、内田に微笑んだ。
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作者名:夏葉 | 作成日時:2015年1月30日 13時