試合 ページ19
まったく久しぶりに、芙希は内田の試合を見に行った。
モーリンがなぜかきっぱり『今日は彼の試合を見に行きなさい!』と言ったからだ。
駅でサポーター達の歌が力強く響いていた。足音が高く鳴っていた。
芙希の心に、かつての興奮、心配、熱狂、がスタジアムの盛り上がりとともによみがえってきた。
そうだ、内田のスパイク紐をきゅっと縛る指先が好きだった。
そして戦闘モードになり、目の光の変わる瞬間が。
内田篤人は走っていた。
風のように走り続けていた。
かつてのように・・・
少しも変わらない・・・
いや、さらに老獪で、目立たずとも渋く光るプレーを身につけていた。
内田はサッカー選手として働き盛りだった。
そして、家に帰ってきたら私は何と言って出迎えていたか?
「ねえ、きょうは桜子がバケツに頭を突っ込んだのよ」
「悠理海がスプーンを呑み込もうとしたのよ」
「ちょうどいいところへ・・、お風呂手伝ってくれないかしら」
そんな話ばかりで、それはそれで楽しい話題だったかもしれないが、私は今チームが何位にいるのかも知らない。
以前は帰宅したらまず内田の顔色を見た。
着替えについてって負傷がないかを調べた。
故障個所をこっそり盗み見した。
たっぷり時間をかけてご飯をつくり、ピアノを聴かせ、十分に内田の回復時間をとっていた。
忙しくても私はまだ手抜きもできる、モーリンもいる。
しかし内田は芙希の妊娠出産期間を通じて、ずっと変わらず激しい試合をしていたのだ。
当たり前のように黙って試合に出場し、時には負傷してリハビリし、また復帰し、鎮痛薬を飲みながらずっと戦い続けていたのだ。
家族のために。
黙々と。
そうだ、その姿こそが私の活力ではなかったか。
どんなに勇気をもらっていただろう。
耐え難いと思った時、投げだしそうになった時、逃げたいと思った時、
そのひたむきな姿にどんなに励まされ、力づけてもらったことだろう。
私は夫を見失いかけていた。
いつの間にか目の前の子のパパとしてしか見なくなっていた。
忙しい子育ての戦友としてしか考えられなくなっていた。
この世のすべてと引き換えにしてもいいと思うほど愛した夫ではなかったか。
内田篤人を夫として愛せるのは、私だけだ。
芙希の胸にひたひたと熱く湧いてくるものがあった。
今、内田篤人は試合を終え、芙希の心は夫を抱きしめていた。
ピッチは内田への愛を思い出させてくれた。
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作者名:夏葉 | 作成日時:2015年1月30日 13時