おはよう【牛島若利】 (ページ9)

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｢おはよう｣

臆病な私はそう言えない。

私の名前がバレてから二日が経った日。

初めて朝、彼と会った。

同学年だから当たり前だけど同じエリアに下駄箱がある。

振り返ればすぐ側に彼がいる。

知り合い同士なら言うんでしょ？

｢おはよう｣って。

つい少し前の私なら言えたはずなのに彼が怒ってるじゃないかって考えて、臆病になって言えない。

臆病になりすぎて、言葉を発するどころか振り返ることも出来ない。

｢今泉｣

聞き覚えのある無機質な低い声が耳に響き、ほぼ反射的に上半身だけが振り向く。

やはりそこに立っていたのは彼で、当たり前のように張り付いた無表情からは感情が全く読み取れない。

｢今泉Aなのか？｣

今更違うなんて言えない。

小さく頷くと｢そうか｣と声を洩らす。

怒ってるかな……？

まあ、隠してたんだし腹を立てられてても仕方がないか。

怒られるなんてのは父親以来かもしれない。

なんて考えながら覚悟を決めている私に、彼は急に頭を下げた。

｢すまん｣

｢頭を上げて｣と言おうとした私の言葉を遮り、彼はそのまま言葉を続ける。

｢考えた。どうして今泉Aであることを隠していたのか。俺はお前に、今泉に会って何をするつもりなのか言ってなかった。だから、隠されていて当然だった｣

大きい身体の上半身が床と平行になることによって、玄関の幅が少し狭くなる。

生徒たちがぞろぞろと校門を潜り抜けてくる。

｢頭を上げて、あっちで話そう｣

踊り場まで促す。

相変わらず私たちの間に流れる雰囲気はどこか張り詰めていて、少しでも告白を連想した私が恥ずかしい。

｢怒ってないの？｣

踊り場について第一声を発したのは私だった。

｢さっきも言った通り、隠されていて当然だったことだ。怒ってない｣

なら良かった。安心した。

｢で、俺が今泉に頼みたいことなんだが｣

頼みたいこと？

｢待って、あのときはそんなこと言わなかった｣

｢あのときはな｣

そう言って彼はふっと笑う。

ああ、違う。

由利が見せてくれた写真の彼とは違う。

無表情では無い、優しい笑顔。

｢で、頼みごとってのは｣

｢はい！｣

彼の声で我に返り、私の声は裏返ってた。

それが面白かったのか、彼は笑みを深めて言う。

｢ポスターを描いてほしいんだ。男子バレー部の｣

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