天下の双黒様だって彼女様には敵わない 【双黒/短編集】

#シャルル/太宰治 ページ6

シャルルというボカロ曲をお借りしました。

ーーーー
「さようなら」

夕焼け空の下。一人の女が静かに静かに告げた。
ビルの中でも特に背の高いビルから街を見下ろす景色は格別だ。

「…動かないでよ」

震える声で黒色のロングコートを着た男は言う。
「待って、絶対に動かないでよ」と男は言いながらゆっくりとゆっくりとした歩調でビルの端に
立っている女に手を伸ばした。
戻って来い、まるでそう言うように。
この男性と女性＿実は裏社会の人間なのである。

「…」

すぅとビルの端に立っている女は息を吸った。
シーンと静まり返っている此処に響くには十分すぎる音だ。

「まっ」

待て、男が言い切る前に女は笑った。死に際に笑ったのだ。けど、どこか女の笑顔は
悲しみが隠れている。

「…笑って(生きて)」

4文字。たった4文字。されど４文字。
わらつて。この４文字は引き留めようとした男に深くのしかかった。
笑ってには生きて、という意味が隠されているようだ。男は死にたがりだった。
なんて彼女は無茶なお願いをするのだろうか。呆れて笑みが零れてしまう。
ビュウビュウと風を切り、地へと近づいていく女の体。
ポツリと何かが降った。冷たい。液体。嗚呼、雨だ。直ぐに分かった。
ポツンと一人立っている男は綺麗な夕焼け空を見上げた。

「…通り雨…」

ボソリと小さな声で呟いた。
男の頬を何かが濡らす。男の頬を濡らしているのは死んでしまった女の涙なのか。
それとも置いて行かれた男の涙なのか。はたまた雨なのか。男自身でも分からない。
嗚呼、消えてしまった。消えてしまったのだ。Aとの思い出も。Aの笑顔も。
全てが、何もかも。Aの声、笑顔。Aが脳裏を掠めた。

「はァ…」

男、太宰治。治は小さくため息を吐いた。
母親は、いろんな人の病気を、怪我を治せるようにと願いを込め付けたらしい。
僕は彼女の心の傷を治せていないじゃないか。何が治だ。何が治るだ。
この名前のせいで僕は死ぬことすら許されない。今だけは母親を心の底から憎んだ。

*

Aが死んでからどれくらいの時が立っただろうか。
治はぼんやりと曇り空を見つめながら、頬に付いた返り血を指で拭いペロリと舐めとった。

「…これ、首領に渡しといて」

治はそう言って先程敵のアジトで見つけた我々(ポートマフィア)の銃を構成員に渡す。

#→←#

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す