天下の双黒様だって彼女様には敵わない 【双黒/短編集】

# ページ21

「そうか」

男は先ほどとかわらぬ態度でむくりと起き上がった。
彼が横になってしまったのも、私のせいだ。手を貸そうと思うがこんな見知らぬ人間。
しかも男に手を貸すなど癪であるし、私のプライドが許さぬのだ。

「もう、行く」

私はそう言ってこの場を去ろうと足を動かすが腕には男の手。

「ッチ…」

舌打ちを零してしまうのも仕方ないだろう。
なんなんだ、この男は一体。

「何処に行く。まず第一に寝る場所がないだろ」
「大丈夫だ。ホテルにでも泊まる」

私はそう言ってサイフを取り出した。私は常に大金をサイフに入れている。
仮に盗まれたとしても、ポートマフィアという職はお給料が良い。痛くも痒くもないものだ。
一か月に…まぁ四、五千万貰えるのだ。体を売ったりすることもあるから。
それに闇の世界だ。いつ命を落としても分からない。線なんかない。
支えてくれるガードレールもない。もしポンと肩を押されてみろ。崖に真っ逆さまだ。
まさにその通り。いつ銃に撃たれるのかも分からない。いつナイフに刺されるのかも分からない。

財布から一万円を出した。

「…おい、ホテルに泊まることは無理だ…」

男は一万円を見ていった。

「はぁ？なんで…っまさか…」

そう、そのまさか。
異世界だからお札が違うのだ。

「っはぁ…」

項垂れる。
こんなの意味ないじゃないか。何かあってもいいようにと大金を持っているのに。
財布を懐にしまった。

「…おい」

気分が駄々下がりの時に、男は私に声をかけた。
何さ、と言ってギロリと睨む。こんな時に声かけんじゃない。

「…俺の家に泊まるか」
「っは？」

息が止まった。
いやいや、人間、しかも相手は男。こいつと暮らすのか。
絶対無理。本当に無理。いやだ。絶対嫌だ。
いやけど、ホテルに泊まることはできないし、野宿することも…
うんうんとうねりながら考える。

「…早く決めろ」

この男は短気なのか。ギロリと睨む男。

「…はぁ、分かった。貴様の家に泊まる」

まぁ、野宿よりかは幾分かましであろう。

「…だが、ただでとは言わん」

まぁ、予想通り。ただで止まらせてもらうとは思わない。

「アンタは体術の腕がそこらのプロヒーロよりも筋があり良かった。生徒を指導してくれるのなら
いいだろう」

こうして始まった、生徒の体術指導と男との二人暮らし。
はてさて私が帰れる日は来るだろうか。

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