モバイルバッテリー ページ10
.
本能で思わず逃げ場を探し視線を彷徨わせてみるけれど、もちろんそんなものがあるわけもなく。
結果的に無常に開いた戸に対して私は十分な心の準備すらできず、ばたんと鳴った音に肩を震わせ、無駄に勢いを付けて振り返ったわけである。
───そこに立っていたのはまあ、あらかじめ聞いていた通り。
「おはよう、伊沢」
そう福良さんの挨拶に出迎えられて出勤した、この間から頭を占領してやまない男、伊沢拓司である。
30も手前であるというのに、コイツの出勤スタイルは変わらない。
動きやすさを重視したであろうジャージ、大きめのリュックと、昨夜充電を忘れたのであろう、モバイルバッテリーに繋がれた携帯電話。
口角が音を立てて固まった気がした。
私は振り返った体制のままフリーズしてしまったわけだけれど、そんなこと誰が考慮してくれるはずもない。
山本くんと福良さんに雑な挨拶を返した伊沢は、視線をぐるりと一周させ、ついぞ私と目が合って。
「………」
「………」
それから数瞬、僅かに間を持たせたならば。
「………、なに?」
ふ、と。そう口角と目を細めて笑い、首を傾げた。
一拍の空白の後、思わずバッと顔を逸らす。
自分でも驚く速度に福良さんがこちらを見やり、伊沢はまた笑い混じりに「何だよ」とだけ言った。
「……何でもないけど」
「んなわけねえだろ。なんかついてる?」
……だめだ、意識しすぎている。
子どもの口約束のようなものにここまで悩まされるアラサーとは何と愚かなものだろう。そもそも冗談である可能性すらあるのに。
というか山本くんにも非があると言いたい。まだ私の中の問題だけで片付けられたのに、彼が絡んで余計意識せざるを得なくなってしまったじゃないか。
そんな意と恨みを込めて山本くんを見やれば、偶然彼もこちらを見ていたからか目が合ってしまった。
できる限りの恨みを視線でぶつけておく。山本くんはにっこりとした笑顔を浮かべていたけれど。
「……あ、そうそう。誕生日祝いの件、Aにも話しておいたからさ。2人で店決めといてよ」
そして何を知るわけでもない第三者というのは、時にあまりにも無常で。福良さんがひとつ手を叩いたと思えばそんなことを言い出した。
そういえばそんな話あったなと今頃思い出す。さっき話したばかりなのに。
……参った。今できるだけ伊沢を視界に入れたくないのに、こうなったら嫌とは言えないじゃないか。
.
805人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「QuizKnock」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
霞(プロフ) - すごく好みの雰囲気です…。更新楽しみに待ってます!!頑張ってください (2021年2月23日 23時) (レス) id: 15ecf1a3d4 (このIDを非表示/違反報告)
オレオ_ッピ推し(プロフ) - 何この話どタイプ……気長に更新を待ちます。( ºωº ) (2020年11月5日 1時) (レス) id: dfcf88994a (このIDを非表示/違反報告)
りんご(プロフ) - 私も大好きです…更新楽しみにしてます( ^ω^ ) (2020年10月29日 21時) (レス) id: cb54059665 (このIDを非表示/違反報告)
こあら(プロフ) - 何これ好きぃ……………… (2020年10月19日 8時) (レス) id: df8e2a19f1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:290円 | 作成日時:2020年10月9日 19時