非力 ページ13
.
やりすぎたとは思わなかった。
恐らくAが俺の想像の100倍ほど耐性がなかったのだ。
───Aが出て行った後の室内は異様な、雰囲気に包まれていた。
それもそうだ。福良さん達からすればいきなりAが俺の手を叩き、元気良く手洗いに行くことを宣言して走り去って行ったのだから。
叩かれた左手は多少の赤みを残しているが、不思議なことに痛みは全くない。Aは非力すぎる。
「え、……伊沢?」
「なに?」
「いや、なにって……こっちが一番聞きたいんだけど」
暫し山本と目を見合わせていた福良さんがそう尋ねた。まあ当然の疑問である。俺たちは先ほどまで楽しく談笑していたのだし。
……ううん、とはいえ何と問われたらどう返せば良いのやら。
別に俺は言われた通りAと共に店を決めていただけだし、そりゃ多少からかいたくなる気持ちはあったとは言えやりすぎてもいないし。
「んー、……まあ、Aがビビリだった」
何故こんなことが起きたのかと言えば、まあこれが適当だろう。あいつがビビりだった。
福良さんはあからさまに納得の行っていない顔で首を傾げ、未だ俺を見ている。いや、でも本当にこれだけなんだよな。
今日の日付は5月15日。俺とAの誕生日前日。
明日で俺たちは20代を卒業し、30歳を迎える。世間的にどうかはともかくとして、少なくとも社内じゃもう若者扱いはできない年齢だ。
……いや、ある程度は予測できたものだけど、まさかここまでAが気にしているとは。案外ケロッとしているものだと思っていたのに。
────Aが今日わかりやすいほど俺に対して過剰な反応を見せている理由は、3年前の5月16日に遡る。
27歳の誕生日を店で盛大に祝われ、その宴ももう終盤に入ろうといった時間帯。終電も差し迫る中、俺とAはくだらない約束を交わした。
『30になってもお互い相手がいなければ結婚する』。
Aも酒が入っていたし、3年後ともなれば相手の一人くらいいると踏んだのだろう。提案は案外あっさりと受け入れられ、そして今に至る。
俺は勿論のこと、きっとAにもその相手というのがいない。故にここまで焦り、動揺し、果てには触れられただけで俺の手を叩いて。
「……あとはまあ、───案外Aも俺のこと好きだったんじゃねえの。」
あー、かわいい。意識しすぎだろあいつ。
あんなん見たらもっとやりたくなっちゃうじゃん。そういうもんだろ、男って。
.
805人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
霞(プロフ) - すごく好みの雰囲気です…。更新楽しみに待ってます!!頑張ってください (2021年2月23日 23時) (レス) id: 15ecf1a3d4 (このIDを非表示/違反報告)
オレオ_ッピ推し(プロフ) - 何この話どタイプ……気長に更新を待ちます。( ºωº ) (2020年11月5日 1時) (レス) id: dfcf88994a (このIDを非表示/違反報告)
りんご(プロフ) - 私も大好きです…更新楽しみにしてます( ^ω^ ) (2020年10月29日 21時) (レス) id: cb54059665 (このIDを非表示/違反報告)
こあら(プロフ) - 何これ好きぃ……………… (2020年10月19日 8時) (レス) id: df8e2a19f1 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:290円 | 作成日時:2020年10月9日 19時