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────涙に乗せられた言葉ほど、心に訴えかけられるものはないと思った。
誰かがそれは彼女を贔屓しているが故だろうと囁いたけれど、そんなことどうでもいい。そういった情緒のないものは今この場にいらないのだ。
6月も終わりに差し掛かった頃。
盛大に催してくれた退職祝いの宴も終わりを迎え、乗るはずだった終電を逃した後。
酔っ払いとタクシー待ちがまばらにいる中、俺が勝手に待ち人としていた彼女────Aはやっと現れて。
「………、好きだったんです。
あなたのことが、ずっと前から。」
そう、今までずっと欲しかった言葉を、涙ながらに口にしたものだから。
そっと、数秒目を閉じる。
小さな息づかい。
上着で顔を拭う音。
小さくて儚い、彼女の、
────彼女の口にした、過去形を象る言葉の重さ、が。
「…………遅いわ、あほ。」
目を開けた。
笑った。
Aは、目を見開いて俺を見ている。
わかる。感じる。知っている。
……君の気持ちがもう俺のところを離れそうになっていることも、その表れが今の言葉なのも、知っている。
優柔不断なんて形だけ。
彼女は、Aは。一度正解を見つけたらそれを守り通すことができる人間だ。
────そんなところを、俺は、好きに。
「……何で先に言わなかったんやろ。」
「………」
「結局こうなって初めて後悔してるし、」
俺も、彼女も遅かった。
けれども一番臆病に進んでいたのは俺だ。誰よりもAに甘えていたのは俺だ。
彼女は、Aは、もう俺のことを見ちゃくれない。
きっともう、誰か幸せにすべき人を見つけたのだ。ひたむきに、懸命に彼女を想ってくれていたような、そんな人。
俺に勇気があったらどうだっただろう。
もっとまっすぐ、純粋に彼女を見つめることができたら変わっただろうか。
俺を真摯に見つめてくれた彼女のような眼差しが、俺にあったら。
「……でも、」
………わかっていると知ってこう言うのは、少し不恰好で好ましくないけれど。
誠意と、あと少しだけ。
ほんの僅かな期待を込めて、俺は彼女に向き直り。
「……今までありがとう、A。」
最高の贈り言葉をありがとう。
「…………好きだよ。ずっと前から、お前が。」
どうか、どうかこれからも幸せに。
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noi - すみません。小説とあまり関係ないかもしれませんが、「リザルート」ってどんな意味なのですか?よく似た響きで「リゾルート」という音楽用語はあるのですが、聞いたことがなかったので気になってしまいました。 (2022年11月27日 20時) (レス) @page29 id: f637924c1f (このIDを非表示/違反報告)
橘美桜(プロフ) - 初めまして、最近こちらの界隈にはまった者です。290円さんの書かれるお話がとても大好きで何度も何度も読み返しております。ひっそりと『マリア・テレジアへ賛美歌を』のAルート、Bルートお待ちしております、本当に素敵な作品をありがとうございました! (2021年10月7日 19時) (レス) id: 0e6ceacda8 (このIDを非表示/違反報告)
りべろ(プロフ) - 初めまして…!290円さんの書くお話がとても好きです… 疑問なんですけど、『マリア・テレジアへ賛美歌を』の意味を教えていただきたいです!これからも応援してます! (2021年7月2日 22時) (レス) id: d1e6d9dde1 (このIDを非表示/違反報告)
春(プロフ) - 初めまして!290円さんの書くお話がとっても好きで何回も読み直してキュンキュンしてました、、。最後のお話、涙が止まらなくて朝から泣きながら読んでます、、。続編楽しみにしてます。これからも応援しています! (2020年10月11日 6時) (レス) id: b2b76b14bb (このIDを非表示/違反報告)
早瀬 - 更新お待ちしておりました!綺麗な世界観がとても好きです。これからも楽しみにしています! (2020年7月15日 14時) (レス) id: 0963beb20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年3月13日 20時