一拍 - 10 ページ32
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久々に帰路を共にしている河村は、自分から誘ったと言うのに何も話してやくれなかった。
それどころかずっと何かを考え込んでいる様な難しい顔。今更沈黙に気まずさを感じる仲ではないけれど、会話のないまま進みゆく帰路というのも不思議なもので。
代わりに頭を巡るのは様々なこと。
置いてきてしまった拳のことだとか、記憶の彼方に封じ込めたはずの卒業式の日のことだとか、蒸し暑い気温のことだとか、色々。
大通りを通る車のエンジン音だけが耳に響いている。
ガードレールに区切られた歩道の中。河村は私のことを気にしていないのか何なのか、いつだって車道側を歩いてくれるわけではなかった。
きっとその空気感が、生温い『友人』の温度が、河村にとっては心地よかったのだ。
だから卒業式のあの日、浮かれていた私とは違って河村は、
「A」
突然名を呼ばれた。
誰かなんて考えるまでもない。右隣を歩く河村の、いつも通りの声。
いつの間に俯いていた顔を上げると、もうオフィスの最寄駅の前だった。そんなに歩いていたのだったっけ。
「なに?」
駅前は人が多い。知り合いが見てやしないかと不安になる。
「色々考えたけどさ、」
「うん」
「多分俺も恋愛に向いてないんだよね」
河村は時折、あまりにも唐突に物を言う。
高校時代だってそうだ。何かを考え込んでいると思ったら勝手に1人で結論を出し、一番に仲が良いと思っていた私だって置いてけぼり。
私は意図が掴みきれずに一瞬押し黙ってしまった。
河村は真っ直ぐにこちらを見ている。
眼鏡の奥、粘っこい視線は、相変わらず居心地が悪い。
「知ってるよそれくらい」
「……」
「だって河村、高校の時1人も彼女できなかったじゃん」
何でこんなにむず痒いのかと思ったのだけれど、きっとこういった類の話を河村とはしてこなかったからだ。
恋愛の話で盛り上がるほど私たちには経験がない。そして恋愛下手である。非常に哀れな似た者同士。
「…それはずっとお前といたからじゃん」
「あは、確かに。休みの日も一緒だったしね」
「勉強しかしてこなかったけどね」
「でもそのおかげで今も一緒にいれるんじゃん」
「…お前妙にクサいこと言うよね」
「ふふ、たまには良いじゃん」
「あ、そうだA、」
「なに?」
「好きだよ」
一拍の間。
河村は時折、あまりにも唐突に物を言う。
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noi - すみません。小説とあまり関係ないかもしれませんが、「リザルート」ってどんな意味なのですか?よく似た響きで「リゾルート」という音楽用語はあるのですが、聞いたことがなかったので気になってしまいました。 (2022年11月27日 20時) (レス) @page29 id: f637924c1f (このIDを非表示/違反報告)
橘美桜(プロフ) - 初めまして、最近こちらの界隈にはまった者です。290円さんの書かれるお話がとても大好きで何度も何度も読み返しております。ひっそりと『マリア・テレジアへ賛美歌を』のAルート、Bルートお待ちしております、本当に素敵な作品をありがとうございました! (2021年10月7日 19時) (レス) id: 0e6ceacda8 (このIDを非表示/違反報告)
りべろ(プロフ) - 初めまして…!290円さんの書くお話がとても好きです… 疑問なんですけど、『マリア・テレジアへ賛美歌を』の意味を教えていただきたいです!これからも応援してます! (2021年7月2日 22時) (レス) id: d1e6d9dde1 (このIDを非表示/違反報告)
春(プロフ) - 初めまして!290円さんの書くお話がとっても好きで何回も読み直してキュンキュンしてました、、。最後のお話、涙が止まらなくて朝から泣きながら読んでます、、。続編楽しみにしてます。これからも応援しています! (2020年10月11日 6時) (レス) id: b2b76b14bb (このIDを非表示/違反報告)
早瀬 - 更新お待ちしておりました!綺麗な世界観がとても好きです。これからも楽しみにしています! (2020年7月15日 14時) (レス) id: 0963beb20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2020年3月13日 20時