クロネッカーが見た三千世界〈 QK 〉

間奏、休符、只々 - 9 ページ31

side : fkr




確認を早々に終え、俺は強めにエンターキーを押した。


勢いよく弾かれたキーボード。保存の完了を視認。隣にいた伊沢へ帰る旨を口早に述べ、荷物を引っ掴んだ。だめだ、早く行かなければ。



Aに帰りと夕飯の誘いを持ちかけたのは俺だ。

もちろん仕事を全て終えることを予定しての誘いだったのだけれど、いかんせん難航してしまって仕方がなくって。予定を大幅に超えている。


Aが仕事を終えたと報告してくれたのは1時間と少し前。オフィスで待っている様子もない、きっと外にいるのだろう。




早く行かなければ。

早く、早く。





「あ、福良さん！」




そう部屋を飛び出した矢先、背後から俺を呼び止める山本の声が聞こえた。

何だと振り返ると、面食らった様な顔の山本が俺の携帯を持っている。反射でポケットに手を当て、携帯を忘れていたことに気が付いた。




…だめだ、焦りすぎだ。


目を閉じて息を吐く。山本から受け取った携帯には特段誰から連絡が入っているわけでもなかった。





「ごめん山本、ありがと！」




山本への礼もそこそこに、今度こそ俺はオフィスを飛び出した。


周りを確認。陽も落ちてきた中じゃまともに見えやしないけれど、Aらしき姿は見当たらない。



オフィス近くのコンビニにもAの姿は見えない。Aがよく訪れる喫茶店を外から確認してみたけれど、Aの影はやはり見えなくって。




携帯を取り出し、電話をかけてみる。

「おかけになった電話は…」なんて決まり文句が聞こえた瞬間電話を切り、視線を彷徨わせた。




送ったLINEに返事はない。それどころか既読も付いていない。

1人でいるはずのAが携帯を見ていないはずなんてない。気付いていながらも何かしらの事情で返せていないのか、それとも。





息を吐いた。



Aが約束を無言で破るはずはない。

守るべきことは守る性格であるし、自由人なんて箔を押されがちなAも案外真面目である。





けれどもどこを探そうが彼女の影はない。

その上連絡も付かない。



苦し紛れにTwitterを確認。更新されゆくタイムラインの中、Aの名前が出ることはなかった。







「………」






───…いや、まだ。まだ大丈夫。



帰ったと予測するのは早計だけど、Aの家に出向くことが先決だろう。



もう何でもいい、とにかくA曰く「倦怠期」の現状に終止符を打たなければ。そのために誘ったのでしょう。






→

一拍 - 10→←Cメロ、転調、 - 8

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す