鳴るな、カデンツ - 6 ページ27
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『 おそいよ 』
その一言だけで何を言おうとしているか伝わってしまうのは、俺たちが幼なじみだからだ。
「……おそいよ、もう」
「……」
「もう、私は、」
Aは嘘がつけない。
伊沢さんのプロポーズを受けたということは、きっともうAの気持ちは俺にはない。
今のAの1番は伊沢さんだ。
とっくのとうに俺じゃない。
……そうか。もう、何もかもが遅い。
今からAが俺を想うことはないし、これはドラマでければ漫画でもなく現実だ。式場に突然現れ、彼女と逃げることもない。
もう、遅い。
化粧の崩れたAの顔がそれら全てを物語っていた。
「……好きや」
──それなのに、何で俺はまだAのことが好きなのだろう。
手の甲で目元をしきりに拭い、Aは数度頷いた。それだけで救われる気がして、不思議と心臓が落ち着く。
好きだ。
愛している。
これからも。
「……好き、だったよ、」
Aが、辿々しくそう言ったものだから。
まだ忘れなくてもいいかって、そう思った。
俺とAの恋はここで終わる。
残念ながら、伊沢さんが好きになった人を不幸にするような人じゃない。きっと一生を添い遂げるのだ。
でも、もう少しだけ。
もう少しだけ、この気持ちを抱き続けることを許してくれるなら。
「…結婚おめでとう」
せめて外面だけは綺麗に取り繕っておくのが、幼なじみとして彼女にできること。
Aがうんと頷いた。
未だに聞こえる、嗚咽と時計の針の音。
……その涙を拭える立場にいたら、どれだけ良かっただろう。
「ありがとう」
Aのその言葉と共に目を閉じた。
今何かを視界に入れると泣いてしまいそうで、ぎゅっと目を瞑る。
何を、どこで間違えたのだろう。問いかけても答えは出ない。
俺もAも、やっぱりきっと何かしらの後悔を抱えていた。そんな夜だった。
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山田 - 本当にお話を考えるのもそれを文章にするのもお上手でただただ尊敬です… (2022年10月12日 0時) (レス) @page24 id: 5e51f51780 (このIDを非表示/違反報告)
あー - 河村さんの話がめっちゃ良かったです! (2020年8月21日 18時) (レス) id: e630ce1c5f (このIDを非表示/違反報告)
宙(プロフ) - 290円様。あなたの三角関係系の小説すごく好きです。もちろん他の作品も好きですが、これらは小説としての魅力がずば抜けてます。あとたまに読み手に一抹の恐怖を与える作品も最高です。起承転結がしっかりしていて大好きです。まとまりのない長文を失礼致しました。 (2020年1月29日 3時) (レス) id: e047a9674f (このIDを非表示/違反報告)
むー - 好きすぎて更新されるたび心の中でガッツポーズしております。これからも楽しみにしてます…! (2020年1月22日 21時) (レス) id: 1dbbe6e605 (このIDを非表示/違反報告)
めろぱん - コメント見て頂けたようで嬉しいです!後日談楽しみにしてます…ありがとうございます…あと他の方もコメントされてますがキューピッドの続編のキャロルもめっちゃすきです…悲恋系のお話大好物なので最高です…心を鷲掴みにされました。こちらのifも楽しみにしてます! (2020年1月15日 0時) (レス) id: 18726b033e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2019年9月25日 17時