兄は辞めよう - 4 ページ13
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「……A」
「へ?」
「A、」
名を呼び、肩に回した腕を掴む。
そこからはもう何も考えちゃいなかった。自制心も働かなくって、この数秒の記憶がない。
気が付けば視界にはフローリングとAが映っていて、ああ押し倒したんだって、そう理解して。
「…お、にいちゃん?」
流石に驚いたのだろう。Aが僅かに目を見開いた。
見開かれた目に映る僕は何故だか悲しげで、泣きそうな顔をしている。鼻の頭がツンと痛くなった。
「……何だよ、」
何だ、何だ、何だよ。本当に。
何で10数年想い続けた僕より先に、見知らぬ誰かが。
兄だから?
血が繋がっていたからダメだった?
血が繋がっていなきゃ、1年も満たない付き合いの子にキスしても許されるの?
「……おかしいだろ」
「え、」
「おかしいよ、それ」
段々と赤みの引く、Aの顔。驚きで酔いも覚めてきたのか。
…いや、今はそんなことどうでも良い。むしろ酔っていない方が良かった。
これでお酒のせいで記憶が飛ぶことはきっとない。記憶に植え付けるよう、刻み込んで。
「…兄なんかにならなきゃ良かったのに」
「……」
「なんで兄妹なんか、」
抑え続けてきた言葉が漏れ出て仕方ない。
嫌になる。泣いてしまいそうだった。
Aも何だか泣きそうで、それが少しだけ悲しくて、ほんのちょっぴり嬉しい。
やっと僕を見れくれたのだと、そう思ってしまった。意識してくれたのだと、そう。
「お、…お兄、ちゃん、」
「……ねえ、それやだ」
「え、」
「名前で呼んで」
潤むAの瞳が愛しい。小刻みに震える身体も、怯えるその表情も、全部僕が見てきたAだ。
ただ女に飢えた男とは違う。
ずっと好きだった。ずっと見てきた。
──多少、報われたっていいじゃないか。
血縁なんて小さなものに阻まれてきた僕を、そろそろ救ってくれたって。
「…よし、あき、」
震えた声。
でも確かに僕を見て言ったAに、何だか全て報われたような気がして。
Aの前髪を指先で退ける。そっと顔を近付けた。
Aは抵抗しない。
震える手足はぴくりとも動かさぬまま、僕より先に目を閉じた。
僕には妹がいる。
とっても良くできた妹だ。
誰よりも優しく、誰よりも人の痛みを分かろうと、労ろうとしてくれる。
「……ごめんね、A」
目を閉じる。
僕はそっと、唇を重ねた。
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山田 - 本当にお話を考えるのもそれを文章にするのもお上手でただただ尊敬です… (2022年10月12日 0時) (レス) @page24 id: 5e51f51780 (このIDを非表示/違反報告)
あー - 河村さんの話がめっちゃ良かったです! (2020年8月21日 18時) (レス) id: e630ce1c5f (このIDを非表示/違反報告)
宙(プロフ) - 290円様。あなたの三角関係系の小説すごく好きです。もちろん他の作品も好きですが、これらは小説としての魅力がずば抜けてます。あとたまに読み手に一抹の恐怖を与える作品も最高です。起承転結がしっかりしていて大好きです。まとまりのない長文を失礼致しました。 (2020年1月29日 3時) (レス) id: e047a9674f (このIDを非表示/違反報告)
むー - 好きすぎて更新されるたび心の中でガッツポーズしております。これからも楽しみにしてます…! (2020年1月22日 21時) (レス) id: 1dbbe6e605 (このIDを非表示/違反報告)
めろぱん - コメント見て頂けたようで嬉しいです!後日談楽しみにしてます…ありがとうございます…あと他の方もコメントされてますがキューピッドの続編のキャロルもめっちゃすきです…悲恋系のお話大好物なので最高です…心を鷲掴みにされました。こちらのifも楽しみにしてます! (2020年1月15日 0時) (レス) id: 18726b033e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:290円 | 作成日時:2019年9月25日 17時