アドラブル・バランス 7【K.N】 (ページ25)

今日:17 hit、昨日:15 hit、合計:127,855 hit

205."守るため" ページ25

少しずつ、本当にゆっくりだったけど一歩一歩進んでいた私の足は今居るこの場所でピタリと止まった。

初めてここに来たときは表の玄関から入って、緊張しながらインターホンを押して、ロビーへと繋がる自動ドアを開けてもらって。
扉の前に来たときも、部屋番号と表札とを視線で行き来しながら緊張していた。

それが今では、貰った合鍵を使って裏口から入り、そのままエレベーターに乗り込んで、扉の前で部屋番号と表札を一瞥している。

慣れって怖い。
でも、慣れって愛おしい。

ピンポーン...と静かにインターホンを押すと「はい？」と聞こえてくる声はいつもと変わらない声。

「...Aです」

小さな声でそう言うと「今開けるわ」って、またいつもと変わらないあの声。

暫くするとガチャリ、重たい扉が開く。

「A？どした？」

ああ、やっぱり私は貴方の事が好きです。
だけど今はもう、その気持ちになってしまっては駄目だから。

「...和也くんに、どうしてもお話したい事があって...」
「良いけど...とりあえず中入る？」
「...ううん、入らない」

私の返答に驚いたのか、少し目を丸くさせた和也くん。
補足するように「ここで大丈夫だよ」と私が言うと、納得したようには思えなかったけど「そっか」って頷いた。

途中コンビニに寄って、顔を洗ってきて良かった。
おかげでお互いの顔と顔を合わせても何も疑われていない。
これがもしも明日とかだったら、腫れるのは決定事項だから危なかった。

「...和也くん」
「ん？」

左手の中にあるスマホをぎゅっと握りしめる。
ここに来るまで、私が伝えなければいけない言葉を考えて、何度も復唱しながら覚えたんだ。

よし、言おう。
言わないと...言わないと...

「和也くん...私と別れてください」

言わないと、先生との約束も、和也くんの事も守る事なんて出来やしないのだから。