雪は白いが君は死ね【時透無一郎】

15話 初めて ページ17

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早足で廊下を歩く。先程まで見事だった月は朧気な雲に隠されて見えなくなっていた。


『(………………)』


ものすごいお金持ちや、どれほど強い男の人、大きな権力を持っている人にいくら美しいと言われようがちっとも心が揺れなかった。

時折、産屋敷殿との接し方やこの珍しい見た目について心無い人に悪口を言われたこともあったけど、何一つ辛いと思わなかった。

任務で同行していた同期の仲間が目の前で鬼に喰われて死んでいく所を見たけど、可哀想だなと思っただけでちっとも悲しくなんてなかった。

誘われて花札をやってみたこともあったけど、皆が楽しいと思える理由がよくわからなかった。

自分には喜怒哀楽がないのだと思った。
そして喜怒哀楽がないのは記憶が無いせいだと、そう考えるようになった。記憶さえ戻れば私は普通の人間と何も変わらないのだと思いたかったのかもしれない。


それが何だ、この異様に早く脈打つ心臓は。

自然と早くなる歩調は。

右奥歯の歯軋りは。


記憶は少しも戻っていない。いないのに、この心に残る残り香のような悔しさは、一体何なのだろう。

見た目のことを珍しがられたり、道に迷って呆れられるのは恥ずかしながらよくあるし、別に誰かに叱責された経験が無いわけじゃないのに、あのお人の言葉は何故かまだ胸の中に残り続けていた。

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