【曇天に笑う 男主】空っぽ青年には何も『無』い 第二部

71話 ページ44

鼻腔をくすぐる花の匂いがする。

なんだろう。

なんの花の匂いだろう。

まぁ、そんなのどうでもいいか。

もしかしたら、ここは既にあの世で俺の理想郷なのかもしれない。

そう考えると少し笑える。

理想郷かぁ。

俺の理想ってなんだろう。

「ーーーーい」

あれ？声がする。

なんでだ？不思議だ。

ーーーーいや。

「A！！」
「ひ、ら…？」

なんで、いるんだろう。

あぁ、俺の理想の一つか…？

ボーッとそんなことを考えていると、ごつんっと比良裏の額と俺の額がぶつかった。

いや、違う。

比良裏に頭突きされた。

あまりの痛みに涙が浮かぶ。

え、痛み…？

ちょっとまて、俺はまた…？

「死に損なった…？」
「ーーーーっ！！」

ボソりと呟いたそれは勿論比良裏に聞こえる。

見る見るうちに比良裏の顔が般若とかしていき、俺は訳もわからず身構えた。

「な、なんだよ！！邪魔してんじゃねえよ！！」

俺は抱きとめられたのか比良裏の腕の中で俺は彼から離れようと暴れ回る。

しかし、力強く抱きしめられそれはかなわない。

なんなんだ。何がしたいんだ！！

「離せよ！！」
「なんで…」
「はあ？」
「なんで、それを選ぶんだよ」

どきりとした。

比良裏にそんなことを言われるとは思わなかった。

白も切れず戸惑って、でも、自然とそれは口から滑っていた。

「死んで欲しいって、言われたから」

知ってるか、比良裏。

俺はさ。臆病者だから、大切で大好きな人にそう言われたら何もできないんだよ。

怖いんだよ。

もしかしたら、もしかすると、ここでも、思っている人がいるんじゃないかって。

俺の大切で大好きな人達はそう思ってるんじゃないかって。

前世(まえ)の記憶だって事もわかってる。知ってる。

でも、こわい。

また、手の平を返したような態度をされるんじゃないかって怯えてる。

「逃げたい。……逃げたい…っ！！」

早く逃げたい。

そう言われる前に、そう思われる前に、そうなる前に。

「比良裏…比良裏、お願いだから逃げさせて」

涙声、視界が歪む。

俺の体の震えは止まらない。

比良裏は黙ったまま。

何も言わない。

沈黙が辛い。

臆病な俺を責めてるようで胸が苦しい。

「なんとか、言えよ……比良裏ぃ！！」

軽蔑されてるのか、幻滅してるのか。

どちらにしたって俺にとっては怖いもの。

恐れていたもの。

ーーーーー欲しい言葉は誰もくれないのに、俺を支配するには十分なもの。

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