Ventinove ページ29
どれくらい走ったか。屋敷の果ての果てまで辿り着いた。普段運動していなかったので、息が上がり呼吸も苦しい。
近くの壁に手をつき、倒れこむ。冷んやりとした冷たさを、左腕で感じた。
汗が涙か分からないくらい、ぐちゃぐちゃになった顔を拭う。手が夕陽で紅く染まっていた。
目を閉じると、彼女の声が聞こえてくる気がする。どれも俺を優しく呼ぶ声だ。
いつも決まった時間のモーニングコール。
部屋を片付けに来た時の少し呆れた声。
一緒に洗濯物を干す時の鼻歌。
つまみ食いをしようとした時の怒声。
幼い頃、寝付けない夜の読み聞かせ。
布団の上から、俺の身体を手で優しく叩きながらの子守唄。
親分には内緒ですよ、と言って注いでくれた甘いホットミルク。
夜の挨拶をした後の、額へ軽いキス。
どれも俺の一部として、今も生き続けている。
指を切ったあの日、嫌な夢を見た。祖父が出てくるのだが、俺の名前を呼ぶので、近づくと、目の前で消える。スペインも、弟も、皆消えていく。
一人蹲っていると、Aが俺の側に来て、そっと抱きしめてくれるのだが、
「あっ…A…は…?消えないよな?ずっとっ、ずっと側に、居てくれ…るよなっ?」
懇願するように聞くと、彼女は微笑むのだが、何かを思い立ったように離れていく。呼び止めても呼び止めても、姿は小さくなっていった。
立ち止まり、振り向いたかと思えば、
「さようなら、坊っちゃま。」
ここで目が覚めた。今日は彼女のモーニングコールも要らなかった。
昼頃になり、なんだか急に不安になったので、彼女の元へ擦り寄り、約束を交わした。悪夢のせいで変な時間に目覚めた為、逆らえない眠気が襲ってくる。
この時からだ。彼女を見ると、胸があったかくなったり、苦しくなるのは。
《私はいつまでも坊っちゃまと一緒です。》
この言葉で胸が満たされたのは事実だが、亡き母と彼女を重ねているんだろうと、何となく自覚していた。
「私は、いつでも坊っちゃまと一緒ですよ。」
故に、この前のこの言葉に、違和感を抱いたのだ。まるで、側に居られない事を暗示しているようで。
嗚呼、俺は彼女と離れたくない。ずっと、俺の側に居てほしい。
この気持ちを何と呼ぶかは分かっている。只、認める勇気が無いだけ。
別れが来てしまったのなら、後悔しないように、彼女に伝えるべきだ。
そう、心に決し、俺は彼女を待ち構えていた。
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藤子(プロフ) - あんこさん» 初めまして!コメントめちゃめちゃ嬉しいです!!あんこさんをときめかせる事が出来たようで何よりです〜!! (2019年3月26日 17時) (レス) id: 667f2e653e (このIDを非表示/違反報告)
あんこ(プロフ) - 藤子様、初めまして。本当に素敵な作品で、悶絶しながら読ませて頂きました!ロマの台詞にきゅんきゅんさせられてばかりでした。幸せな時間を過ごさせて頂きまして、誠にありがとうございます。不躾ながら完結から随分と経っているのにコメント失礼致しました。 (2019年1月9日 22時) (レス) id: 6e1ddb073f (このIDを非表示/違反報告)
藤子(プロフ) - パン粉さん» わぁ!ありがとうございます!!お気に召していただけたようで何よりです! (2018年11月29日 22時) (レス) id: 771e5159cf (このIDを非表示/違反報告)
パン粉(プロフ) - とても好きです……。 (2018年10月13日 14時) (レス) id: c18102f006 (このIDを非表示/違反報告)
ツナ缶アイス - 藤子さん» はい、福島の人なんです!wwやっぱりヘタリアについて語るのは楽しいですね!8時間くらい語れそうです!ww (2018年8月18日 19時) (レス) id: ec47fd7e2a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:藤子 | 作成日時:2018年8月3日 23時