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涙と共に本音をこぼしてしまえば、それだけで体も心もすっと軽くなった気がした。だから、朝起きたら横尾さんに笑顔でお礼を言って仕事に戻ろうと、もうこれからは泣かずに歩いていこうと、決めたのに。
横尾さんが用意してくれたシワのない綺麗な布団に潜り、目を閉じたら、ぶわっと重くて大きな何かが押し寄せてきて、気付いたらまた涙が溢れていた。
「…っ、ぅ…」
華奢だけど、それでも俺よりも大きな体が包み込んでくれる温度。ふとした瞬間に伝えてくれる「好きだよ」の一言。少し明るさを落とした部屋の中でギラつく、俺を逃がさない瞳。
優しい所も、ほんの少し俺よりも嫉妬深い所も、可愛らしい所も、太輔の全てが自慢だった。誇らしかった。隣にいてくれることが、気持ちが俺に向いていることが、言葉で表せないくらい嬉しかった。のに、
もう、どこを探したってない。
布団を捲ってみても、ベランダに出ても、お気に入りの場所に行っても、引き出しを覗いてみても。
どこにも。何も。
「…みつ?」
「よこーさん…?」
布団の中にいたら、どこか深い所に引きずり込まれてしまいそうで、自分が壊れてしまいそうで…
そっと階段を降りて、店のあいつのお気に入りの席の横に立って外を眺めていると、横尾さんの声がした。
「みつ…お願いだから、一人で泣かないで」
「…ごめんね、」
心配そうに顔を歪める横尾さんが辛そうで、謝ると力無く首を振られる。でも横尾さんはすぐに口角を上げて俺の隣までゆっくり歩いてきて、言った。
「寝れない?」
「…ん、目閉じたら、こわく、…なった」
「そっか…そう、だよね」
「も、ぜんぶない…なにも、ないよ、」
「…ある、あるよ」
「…な、にがっ」
「みつ、辛いかもしれないけど思い出してごらん…?思い出はあるでしょ?太輔が残してくれたものも」
「っ、」
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あぁ…そうだ。
あの海で夕日を見た。何もない平日だったから、ただでさえ穴場で人の少ないそこには誰も来ていなくて、二人きりだった日。
誰もいないのに誰かに隠れるようにこっそり手を繋いで、こっそりキスをした。唇を離した時、照れ臭くて二人で笑い合ったんだ。
それ以外にも太輔がくれたピアス、お揃いの腕時計、太輔が勝手に、…嬉しそうに飾っていた二人の写真。他にも、たくさん、
苦しい、辛いって俺が勝手に目を背けていただけで、部屋中に、心の中に溢れているじゃないか。
「たい…すけっ、…!」
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茉莉花(プロフ) - nicole155さん» 初めまして。実は中盤からちゃんと描けているか不安になっていた部分もあるので、素敵な感想を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月14日 1時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
nicole155(プロフ) - はじめまして。お話、とてもおもしろかったです。いい意味で、お話の展開がわからなさ過ぎて、とてもハラハラしました。蜃気楼がテーマだったと知って、あらためて蜃気楼リピートしてます。素敵なお話をありがとうございます。 (2018年8月8日 8時) (レス) id: 5edbe27f7b (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - なみこさん» はじめまして、コメントありがとうございます!こちらこそお読み頂きありがとうございます!え〜…嬉しいです^^笑 これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - 白雪さん» ファンだなんて…!泣 こちらこそありがとうございます!本当に嬉しいです…これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
なみこ(プロフ) - はじめまして!更新ありがとうございます!本当に個人的に大好きなお話なので更新されるたびに声が出てしまいます笑 これからも楽しみにしております! (2018年7月23日 15時) (レス) id: 3a6b1b4e2c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:茉莉花 | 作成日時:2018年7月5日 18時