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感情に任せて来たはいいけれど、もしひろの新しい生活が最幸なものだとしたら、そう考えると車から降りることはおろか、窓から店の様子を見ることさえできなかった。
…帰ろう
思ってハンドルを強く握った時、「待っていてほしい」と伝えた時のひろの辛く悲しそうな顔が蘇ってきた。脳内に再生されるあの日の出来事が思わせた。
別に関係が取り戻せなくたって、病気はもう完治して元気に暮らせていると、あの頃は支えてくれてありがとうと、それだけ伝えれば。ひろも安心して心の底からまた一歩踏み出せるんじゃないかって。
あの日、扉を閉めた瞬間に溢れ出した涙。ひろも、同じだっただろうか。
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「久しぶり…ひろ。渉も」
俺を見て、目を見開いて固まる愛しい人。俺を捉える相変わらず大きな瞳は徐々に水分量を増していく。
泣かないでよ、泣いてるところを見るのは少し苦手なんだ…それに、抱きしめたくなってしまうから。
…思いながらぼーっと見つめていると、ぼろぼろと涙をこぼしながらひろはその場に蹲った。
(抱きしめてやらなきゃ、)
近くにいた時の感情が頭の中を走り回る。ぐるぐると、すごく速く。けど、俺なんかが抱きしめていいのか、という感情の方が遥かにスピードは上だった。
結果俺は、だらしなく微かに手を伸ばして立ちすくむだけ。情けないことくらい、自分が一番よくわかってる。
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「くるしかった、よ」
いつだって他人優先な彼。苦しかったのは、看病するのがではなかった。苦しそうな俺を見ていたことでもない。
苦しそうな恋人が、どんな時でも自分を優先するからだと、静かに涙を流しながら言った。
会いたかった、
彼から出たその言葉に俺は勘違いしてしまいそうになる。まだこいつは俺の居場所を空けて待ってくれているのかもって。そんなはず…
「…まだあの家住んでんの、」
「ん、」
「おれも、まだあそこいる」
「そっか…」
「おまえのものばっかだよ、」
「っ、ごめん」
「いーよ、おまえのもんないと落ち着かない…し」
てっきり邪魔だと思われていると思ったから謝れば、また思わせぶりな言葉。
どういう、意味…
「…っ、うわき、してねーだろうな…」
「してねーよ、するわけ…ないだろ」
「してたらぶっ飛ばしてた」
「だからしてね…」
「俺は、できなかった」
「っは?」
「…おまえしか、むり、っ」
言って、また泣き出すから訳が分からなくなる。
「頼む、帰ってきて…っ、おれんとこ、」
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茉莉花(プロフ) - nicole155さん» 初めまして。実は中盤からちゃんと描けているか不安になっていた部分もあるので、素敵な感想を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月14日 1時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
nicole155(プロフ) - はじめまして。お話、とてもおもしろかったです。いい意味で、お話の展開がわからなさ過ぎて、とてもハラハラしました。蜃気楼がテーマだったと知って、あらためて蜃気楼リピートしてます。素敵なお話をありがとうございます。 (2018年8月8日 8時) (レス) id: 5edbe27f7b (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - なみこさん» はじめまして、コメントありがとうございます!こちらこそお読み頂きありがとうございます!え〜…嬉しいです^^笑 これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
茉莉花(プロフ) - 白雪さん» ファンだなんて…!泣 こちらこそありがとうございます!本当に嬉しいです…これからも頑張りますのでよろしくお願い致します! (2018年8月6日 14時) (レス) id: 1e53697028 (このIDを非表示/違反報告)
なみこ(プロフ) - はじめまして!更新ありがとうございます!本当に個人的に大好きなお話なので更新されるたびに声が出てしまいます笑 これからも楽しみにしております! (2018年7月23日 15時) (レス) id: 3a6b1b4e2c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:茉莉花 | 作成日時:2018年7月5日 18時