【d!】欲張りメイド。 (ページ3)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:606 hit

3 ページ3

「Aさん！」

彼女の名を呼ぶのは、大勢いる兵士の中の1人であった。
髪はきっちりと分けられていて、見るからに真面目な雰囲気を漂わせる彼は、苦労人の書記長様を連想させる。
彼女は静かに足を止め、長い廊下で2人立ち尽くした。

『どうかなさいましたか』

「いえ、あの…前から、Aさんのことを、す、素敵な方だな、と思っていまして…」

『そうですか、有難いお言葉です』

「良ければですが、今度の休みに、2人で食事でも、どうでしょうか…」

彼女は、痛いほどの視線を感じていた。
それが、人の視線だけでなく、機械的な視線であることすらも感じ取っていた。
目の前の名も知らぬ兵士の命の危機と、今現在自分を見ている数人の幹部の怒りをどうにか消し去らねばと、彼女は瞬時に察した。
一息吐き、Aは少し崩れていた笑顔を直すと、いつもと同じ口調で言った。

『はい、勿論です』

「っ、本当ですか！」

『ええ、楽しみにしています』

「こちらこそっ、ありがとうございます！」

兵士は、花びらが周りに舞うような眩しい笑顔でAにお礼を言うと、一つ会釈をして、彼女に背を向けた。
勿論、と返事をした時、微かにAは、自身の後ろの空気が凍りついたのがわかった。
そして、その冷たい空気を放った人物が目の前の兵士を追うように足を動かしたのに気付き、静かな声で、でも、確かに届くように言った。

『駄目ですよ』

「…？何か言いましたか？」

『いいえ、何も』

流石兵士というところか、彼女の独り言のような声も、離れた場所であっても、音だけでも聞き取れはしたらしい。
彼女は、お得意のポーカーフェイスで笑顔を貼り付けて、兵士を見送った。
兵士が確実に遠くへと行ったのを確認すると、彼女はくるりと身体を反転させ、曲がり角に潜んでいた彼に声をかけた。

『盗み聞きは承諾しかねますね、コネシマさん』

つまらない、とでも言いたげな顔で座り込んでいるコネシマと目線を合わせるように、Aは、服の裾が床について汚れないようにして注意を払いながらしゃがみこんだ。
交わった視線は深く、お互いに逸らそうとはしない。
しかし、突然、コネシマの鍛えられた腕が、Aの腰を強く引き寄せた。