春の花嫁 (ページ8)

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第7話ページ8

『ご………ごめん……』

ジャリッ。

靴と地面が擦れる音が、やけに大きく感じる。

見たことはあるはずなのに…思い出せない。

君を思い出せないことを、こんなにも儚い少年に言ってしまうことが怖くて。

ちょっとずつ彼から距離を置こうとしている自分がいる事実が、ただひたすらに辛い。

彼の瞳が少しだけ暗くなるのが分かる。

それでも決して彼の瞳からは目をそらさず。

…………目をそらせず。

二宮「……ずっと前のことだからね、無理ないよ」

『和也君……』

二宮「その名前で俺を呼ばないで」

ピシャリと冷たく言葉を言い放ったかと思えば、和也は軽い一歩を踏み出し、私との距離をぐんと縮める。

目と鼻の先にある、子供のようで、大人な顔立ちをした少年の顔。

そっと彼は人差し指を私の口にあて、そして言葉を続けた。

二宮「……アンタが庇ってくんなくても、俺一人でアイツらに勝てたし。あんな低俗、俺一人で…」

・

二宮「アンタは忘れてても、俺は覚えてる」

・

二宮「きっと死ぬまで、Aを覚えてる」

・

何も言えない私を見て、真剣な顔付きを解かした和也は柔らかく笑った。

何を考えているのかを読み取らせてくれない、コロコロと表情を変える彼のミステリアスな雰囲気にすっかり呑まれていた。

「じゃあね」と呟き、ふわりと私の横を通り過ぎると思えば、そのまま早足で歩道を歩き始める。

でも、私は何故かその後ろをついていこうとは思えなかった。

彼の手を取るのは今じゃない、と。

直感が身体中に訴えかけていたからだ。

・

気づけば彼の背中はもう見えず、いるのは私だけだった。

硬くなっていた肩の力を抜き、全身で感じる脱力感。

星々が煌めく夜空を見上げて、小さくため息をついた。

『名前を呼べとか、呼ぶなとか……死ぬまで覚えてるとか………何なの、もう…』

『はあ…なんか今日はもう疲れた……家に帰って早くお風呂入ろ…』

ゆっくりと立ち上がり、重たい足取りで家へと向かう。

そういえば、彼はどうして私の名前を…？

答えの見つからない模索はよそうと、自粛がてら自分の頬を軽くつねる。

そして自宅へ帰ろうと私も歩き出す。

始終、和也のことを、そして自分の過去のことを思い返しながら＿＿＿＿＿＿＿。