参拾肆【邪悪な手だ】 ページ37
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ビニール傘の怨霊はしばらく目を回していたが、やがて意識を取り戻すと、怯えた目つきでツボミとレイヤを見た。
「あぁ、殺さないでくれ」
蚊の鳴くような情けない声で訴える怨霊。ツボミは戦闘時とは打って変わった優しい声で話しかけた。
「傘さん、私たちは何も貴方を殺そうとは思っていないわ。ただ、お願いがあって来ただけなの」
そこで言葉を止め、ツボミは笑いかけた。ふんわりとした笑みに怨霊もやっと警戒を解いたようで、まじまじとツボミの目を見た。
「私にお願いを？」
「えぇ。こちらの勘違いだったら悪いんだけど、もし貴方が電車の中で傘を盗っていたなら、それを返してほしいの」
ツボミの言葉を聞くと、怨霊は不思議そうに目を瞬かせた。
「何故に？ 私は彼らを邪悪な手から救っていたのだ。そのような指図を受ける覚えは無い」
怨霊は悪びれもせずにそう言った。今度首を傾げるのはツボミたちのほうである。
「邪悪な手？ 何が？」
「何が邪悪か？ そんなことは決まっている。お前たち人間の手だ！
お前たちは私たちのような使い捨ての物を大切にしない。雨が降れば買われ、止んだらすぐに捨てられる。電車の中にだって平気で置き去りにする。私たちがいくら悲しもうと、お前たちは見向きもしない。
そんな人間が、どうして邪悪でないと言えようか！」
怨霊がそう叫んだのが恐怖を駆り立てたのだろう、笠木はレイヤの背に隠れて震えだした。板ばさみになったレイヤは1つ溜め息を吐き怨霊に尋ねた。
「なぁ、お前。持ち主がどんな奴だったか知らねぇが、少なくともコイツは自分の物を必死こいて探してる。ちょっとは信用したらどうだ？」
それを聞いた怨霊は、笠木をじっと見た。笠木はまだ怯えていたが、怨霊から目を逸らそうとはしなかった。
「小僧、その度胸に免じて今回は手を引こう。だが、もし見捨てるようなことをすれば、分かっているな？」
怨霊は笠木に問いかけた。
「僕はそんなことしない。絶対に大切にします」
震えながらも、笠木はそう言いきった。怨霊は満足そうな目をした。
「頼んだぞ、小僧。傘はこの路地の突き当たりにある」
怨霊はそう言い残し、虹のような光となって消えた。
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