弐拾陸【過去編･桜色の瞳】 ページ29
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春の暖かい風が小さな公園にも訪れた。
少し前まで木が生えていた場所には、既にたんぽぽやつくしが根を張り、僅かに迷い込んだシロツメクサが、少々居心地悪そうにしていた。
紅葉は、その根は足に変わったものの、どうしてもこの地から離れられずにいた。
＊・＊・＊
ある晴れた日。公園を1人の子が訪れた。
その子はしばらく花を摘み、指輪や冠を作っていたが、やがて公園の隅に行くと、紅葉の存在に気付いた。
「こんにちは」
少女は紅葉に微笑んだ。桜の花のような可憐な瞳が、紅葉の姿を確かに映していた。
「あなたは誰？」
笑顔と共にある、無邪気な問いであった。紅葉にとって、笑顔を見るのは随分と久しかった。
「紅葉」
紅葉がそう答えると、少女の笑顔はますます膨れ上がった。
「私はツボミ。紅葉、一緒に遊びましょう」
少女はそう言うが早いか、紅葉の腕を掴んで公園の中を走り出した。
＊・＊・＊
紅葉が感じたものは、木として生きている間、決して体験することの無いものばかりであった。
地面を走る、草花に触れる、風の匂いを嗅ぐ、……
どれも200年で初めてのことだった。
＊・＊・＊
ツボミに花冠をもらった紅葉は、おそるおそる訊ねた。
「どうしてウチに話しかけたの？」
ツボミはキョトンとしていた。
「だって、寂しそうにしてたもん」
それが当然、とでも言いそうなトーンであっさりと返したツボミ。
「そうだ！ 今度私の友達も連れてくるね！ そうすれば、紅葉も寂しくないでしょ？」
キラキラと輝くツボミの笑顔。紅葉はそれに救われたような気がした。
かつて笑顔を奪ってしまった後悔の淵に上から手を差し伸べられたような、そんな感じが。
紅葉がツボミに取り憑くようになったのは、これがきっかけである。
弐拾漆【過去編･第一次金平糖大戦】→←弐拾伍【過去編･寒天の下】
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