Sanctuary <Jesse×Hokuto> (ページ30)

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『えー、と…、こんにちは。』

…、自分の目を疑った。

マイクを通して講義室に響いた弱い声。
綺麗な身なりで雰囲気こそ違うけれど、

「…いた。」

あの人だった。

俺が出逢った図書室のあの人は、
ここの学生でも何でもなくて。

友人曰く、『なんか凄い小説家」。

周りの席からひそひそと聞こえる彼への褒め言葉に
自分でも形容しがたい気持ちになった。

あの人、もとい凄い先生は言う。

「小説には、助走と余韻があります。」

難しそうな話をスラスラと話す先生に、
普段の俺なら確実にリタイアしている所だけど
その声は不思議と自然に入ってきた。

「一つの分の前と後に、
　文字では書かれていないものがいるんです。

　僕たちは、二十万字に全てを預けているわけじゃない。

　それをどう読むか。感じ取るか。で
　その言葉に対する解釈も変わってきます。」

簡単なようで難しいのか、はたまたその反対か。

いかにも小説家らしい彼の講演に、
散々行きたいと言っていた友人は耐え切れず離脱していた。

「…こいつ、絶対寝ると思ったよな、」
「ふっ、たしかに。」

なんだかんだついてきてくれた友人は、寝ているこいつを見てため息を一つ。

「たかが文字だけの世界です。
　そんな世界はこの部屋よりもずっと狭い。

　でもきっと、この世界の何よりも
　広く大きくなるのが小説だと。

　僕はそう考えています。」

その言葉で締めくくられた講演。

俺は、この時確実に、自分の世界を変えられた。

あの人の存在に、俺はどうしようもなく心が痛い。

俺が男だとか、あの人と俺じゃ何もかもが嚙み合わないとか、
ちょっと考えれば分かることも気にならなくて

ただ、貴方に近づきたかった。

「ちょっとごめん。先行ってて。」

「ぇ、ちょ、ジェシー？」
「…、ん、あれ、俺寝た、？」
「爆睡だよこの野郎。」

講義が終わってあの人がいなくなってしまう前に。

また、背中を見つめることしか出来なくなる前に。

「先生、質問いいですか。」

俺は貴方に、近づいた。

これが俺の、俺と貴方の出逢いのお話＿＿＿。

end