Sanctuary <Jesse×Hokuto> (ページ26)

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Hokuto

「えー、と…、こんにちは。」

細々と出た挨拶は自分の羞恥心を増幅させた。

とある大学の講演会、みたいなもの。講義室の大きな黒板を背に、段々に座る大勢の学生を正面に、俺はマイクを握っていた。

誰かに向かって何かを語れるほど、
俺は出来た人間じゃない。

そんなに、偉くなったつもりはない。

「初めまして。松村です。
　今日はここで自由に話していいと言われているので、
　思いつくままに話そうと思います。」

だから俺は、俺の世界を話すことにした。

「一冊の本に書かれる文字の数は、多くて二十万字。
　その数字が僕の世界です。

　人が二十万字を話そうとすると、約十時間かかります。
　僕の場合は恐らくもっとかかりますが、
　十時間と考えると長いですよね。」

自虐も含めた導入に学生たちは笑ってくれた。
緊張にも慣れてきて、一度に吸える酸素の量も増えた気がする。

「…文字になると、二か月かかる。」

その言葉に講義室が固まった。
いや、正確には学生たちの意識が俺を向いたというべきか。

「僕の仕事は、六十日をかけて
　文字と向き合うことです。」

一枚四百字の原稿用紙を五百枚。そう話すともっと引かれてしまいそうだからやめておこう。

それから俺は、時間が終わるまで話をした。話しながらも、書斎に置かれている原稿用紙が恋しくて。

やっぱり自分はこの仕事が好きなんだと思った。

「僕の話は、以上です。
　ありがとうございました。」

拍手が送られる。照れくさくなってお辞儀をするけど、なんだかそれもぎこちなくて。

徐々にまばらになる拍手の後、
大学教諭が生徒に講義の終わりを告げた。

それを合図に学生たちは一斉に席を立つ。
押し込められていた○○ルギーが解放されたように、
講義室は一気に活気を帯びた。

俺も荷物をまとめていると、
教卓の上に俺以外の影が映る。

さっきの教員かと思って顔を上げると
学生が一人、立っていた。