36枚目 ページ36
「彼を殺すことで、わたしは夫の仇をうった。後悔はしていません」青色の瞳を内海に向け、きっぱりとそう言い切るシンシアの様子に内海は首を傾げた。マクラウド氏はナイフの使い方一つとっても素人同然だった。英国秘密諜報機関のスパイとはいえ所詮は暗号の専門家だ。彼がシンシアの夫であるレイモンド・グレーン氏を殺した。二つの事実が頭の中でうまくつながらなかった。いや、そもそもシンシアはなぜマクラウド氏が英国秘密諜報機関のスパイだったと知ったのか。内海は首を振り、ため息をついた。
仕方ないどんな犠牲を払ってでも謎を解くと決意したのだ。観念して顔を上げシンシアの目をまっすぐに見つめて尋ねた。「あなたのご主人の身に何が起きたの。かそしてその事実をなぜあなたが知り得たのか私に話してくれませんか?」シンシアは先ほどと同じように内海を正面からじっと見つめ不意に何ごとか理解したようににこりと笑った。はっきりとした口調でシンシアは語り始めた。
わたしの夫レイモンド・グレーンは英国の貨物船ダルモア号の一等航海士でした。夫がルイス・マクラウドなる人物といつから知り合いだったのかはわかりません。マクラウドは夫に近づき友人としての信頼を得た。その上で彼はレイモンドの信頼を裏切り夫を作戦のための犠牲にしたのです。夫が乗った貨物船ダルモア号が大西洋上でドイツの仮装巡洋艦の攻撃を受け沈没したという知らせが届いたのは今から半年ほど前のことでした。
ドイツの仮装巡洋艦から至近距離で砲撃を受けた船は大破。爆発炎上し乗員は全員死亡した。そう聞かされました。知らせを聞いて私は泣きました。けれど、祖国が戦争をしているのです。夫は英国の船乗りとして立派に役目を果たしそして不運にも敵船と遭遇して死んだのだ。自分にそう言い聞かせることでなんとか自分を支えていたのです。
それが嘘だったと知ったのはダルモア号の合同葬儀の場でした。忙しい葬儀の場で一瞬目を離した隙にエマの姿が見えなくなっていました。会場中を捜し回りある小部屋のテーブルにかかったクロスの下を覗いてそこにフラテと一緒にすやすやと寝息を立てて眠っているエマを見つけたのです。夫を失い、あの人の忘れ形見のような赤毛の娘を失うことはもう私には耐えられないのです。私は安心し、エマをそっと抱き上げようと自分もテーブルの下に潜り込みました。
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作者名:カナリアナ | 作成日時:2019年3月28日 23時