囚われ女のエンヴィー (ページ27)

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無論、簡単なトリックを使って相手に飲ませることは可能だがマクラウドはあの時どんなトリックを使ってでも再逆転は可能だった

　この世に完全など無いのだから、犯人は朱鷺丸の乗員乗客の中にいることは間違い無い。マクラウド氏が謎の死を遂げた今彼の船室を調べることは内海にとっても必要な手だった。朱丸の事務長がマスターキーを使って船室のドアを開ける。

　死んだ男の部屋は一見して恐ろしくきれいに整頓されていた。衣類はすべてきちんと畳んで戸棚にしまわれあるいはハンガーに吊るしてクローゼットに収められている。部屋の床には食べ残しのパンくずはおろかゴミ一つ落ちていない。

　サンフランシスコ出航以来ほとんど船室で過ごしていたとは思えないほど生活感のなさだ部屋での食べ残しやその他のゴミ、洗濯物は、専用袋に入れてドアの前に掛けておけば保が回収してくれるとはいえ男性の部屋にしての几帳面ぶりはちょっと異様だろう。書き物机の上にはクロスワードパズルの本が一冊全頁、ほぼ解き終えてあったベッドの脇にもう数冊の本が見えるクロスワード用の辞書が二冊。

　『白鯨』『ディヴィッド・コパフィールド』『E・A・ポー詩集』手掛かりになりそうな日記やノート手紙の類いは残念ながら部屋のどこにも見当たらなかった。「..…妙だな。」内海の隣で船室を調べていた航海士が首を傾げるようにして呟いた。調査のために引っ張り出した品々を見回し眉をひそめている衣類もでも細々した品も全部新品ばかりだまだ値札が付いたままのものもある。モーガン氏はまるで船に乗る際に身の回りの物を全て買い直したみたいだ。

　「何だってこんな無駄なことをしたのだろう」困惑した表情を浮かべてく航海士に内海は内心舌打ちをした。素人に疑われてどうする所詮は二流のスパイ。だからこそマクラウド氏は英国秘密諜報機関から厄介払いされたのだ。ルイス・マクラウドは先の世界大戦の際英国秘密諜報機関に雇われ暗号の解読に活躍した。それは事実だマクラウドの専門は言語学であっ。た実際、彼の言語学の知識と経験は数多の暗号文を解読し多岐にわたって戦果をもたらした。

　だが、エニグマ暗号の登場がマクラウド氏の立場を一変させた。ドイツの新暗号であるエニグマに対して、彼が長年研究し築き上げてきた暗号解読の手法は、まるで役に立たなかったのである。時代に乗れなかったと言えばそれまでである。