囚われ女のエンヴィー (ページ26)

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一方、日本もまた泥沼の状況を呈している中国大陸の事変の行方はアメリカの出方一つにかかっているといっても過言ではない。

　イギリス、日本の双方にとって対アメリカ外交は非常にデリケートな問題だった。そんな中中立海域でアメリカ市民が謎の死を遂げたのだ。アメリカの意向を確認することが最優先されたのは当然といえようだが、これには一つ問題があった。アメリカ時間でちょうど日曜領事館担当者と連絡が付くまでにかなりの時間を要することが予想された。

　険悪な雰囲気の中双方の反目と意思疎通が不完全な状況を利用して何食わぬ顔で捜査に紛れ込んだ。内海は亡くなったモーガン氏の船室を検めることを提案する。

　「私を含めここにいる誰一人モーガン氏がどんな人物だったのか知りません。彼はもしかすると犯罪者だったのかもしれない。部屋を調べれば彼が死んだ理由も自ずとはっきりするのではないでしょうか」この提案に日英双方が飛びついた。

　自ら......と言うのが両国が最も受け入れやすい結果だ。亡くなったモーガン氏は実は凶悪な犯罪者であった。本国に連れ戻されると厳しい処罰が待っていただから彼はイギリス軍艦の突然の臨検に震え上がり自ら服毒で死を選んだ。言外にその可能性を仄めかすことで内海は捜査方針をコントロールしたのである。

　だが、自ら選らんだ死ではない。内海にはその事実は明らかだった。事件直前、内海はアメリカ人貿易商モーガン氏の正体がスパイのルイス・マクラウドであることを暴き彼をハワイで下船させる手筈を整えた。

　ところが、イギリス軍艦が姿を見せたことで立場は一転、マクラウ氏ドは勝ち誇った顔でグラスを掲げ「ウツミ、サヨナラだ。カンパイ」そう言ってグラスの中身を飲み干したのだ。あのグラスに毒が入っていたのは間違いない。状況から考えてマクラウドがわざと毒を飲んだとは思えなかった。

　それなら彼は混乱に紛れて内海を殺そうと企てて失敗し毒を混入した内海のグラスを間違えて自分で手にとってしまったという可能性の方がまだ考えられるくらいだ。

　尤も、内海がグラスを取り間違えるなどということはありえなかった。自分のグラスの特徴を記憶することはスパイにとっては初歩だ。置いたグラスの向きや内容量が少しでも変化していれば、そのグラスは死を意味している。マクラウド氏もそうであるはずだ。