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マクラウド氏の死体を発見した気の小さな水兵は案の定たちまち大騒ぎをし、この作戦の指揮官であるイギリス人士官の一人を引っ張ってきた。指揮官に対して直接「死体の番をしていた」と主張すれば、彼は必ずや内海を怪しみ詳細な取り調べを行うべく向こうから声をかけざるを得なくなる。そう計算しての行動だった。
事件を調査し真相を突き止めるためには自分から事態の真ん中に飛びこんで行くしかない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。見えない存在であるべきスパイにとっては慎重な賭けだがそれしか手は残されていなかったのだ。長身のイギリス人指揮官の後に続いて一等談話室に入っていくとちょうどドイツ人船客の取り調べが始まるところであった。
集められたドイツ人船客は二十名ほどいずれも大人の男ばかりだ。御婦人や子供はそもそも取り調べの対象外ということらしい。部屋の反対側の隅には苦虫を噛み潰したような顔で座る湯浅船長ら船員。イギリス人指揮官は内海を部屋の隅に案内して少し待つよう耳打ちした。「彼らの取り調べを先に済ませます。」そう言って、内海から離れた。
朱鷺丸一等談話室は本来アールデコ調の優美な家具とゆったりとした雰囲気が売り物だが、さすがにこれだけの人数が集まると息苦しい感じは否めない。むさ苦しい男ばかりしかも全員険悪な顔付きで黙り込んでいるとあっては尚更だった。イギリス人指揮官はドイツ人船客たちの前に歩み出た。
船客名簿と軍艦から持参した一枚のリストを見比べ一人のドイツ人船客に視線を向けた。五十年配、がっしりとした体格の白い髭面の男だリス人指揮官は相手が英語がわかることを確かめ悠敵な口調でパスポーの提出を求めた。壁際には武装した数名のイギリス人水兵が控えている。拒絶は不可能だった。
男が渋々パスポートを差し出したパスポート写真と本人の顔を見比べた。イギリス人指揮官はすぐに素っ気なく宣言した。「あなたを収容します」尋問は一言もなし。収容理由も明かされなかった。
何人かのドイツ人船客の顔がたちまち朱に染まった。ドイツ語で低く不平の声が上がり人垣の中からこぶしが幾つか突き上げられた。壁際に控えたイギリス人水兵たちが体を強ばらせベルトから拳銃を引き抜いた。室内に一瞬の緊張が走るが、丸腰のドイツ人たちにはそれ以上抗議の仕様もない。彼らは諦めたように声をひそめ肩をすくめた。
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作者名:カナリアナ | 作成日時:2019年3月28日 23時