囚われ女のエンヴィー (ページ19)

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Uボートによる狼群攻撃はちょうど電撃戦が前線兵士たちの戦意を喪失させたように銃後のイギリス国民の気力を奪うイギリスの降伏を戦争目標の一つに掲げるナチス・ドイツにとっては願ってもない事態だ。

　電撃戦さらには狼群攻撃を可能にし、小型のタイブライダーに似たその小さな装置を生む暗号システムこそ二度目の世界大戦の行方を左右すると言っても過言ではなかった。英国秘密諜報機関は必ずやエニグマ暗号解読チームを招集する結城中佐がそう予言し、内海を呼び出したのは欧州でドイツ軍が快進撃を始めた直後であった。

　考え自体はさして特別なものではない。事実、日本陸軍参謀本部においてもほぼ同時期に「現在のナチス・ドイツの軍事作戦はエニグマ暗号に多く依存しているドイツとの戦争状態に入ったイギリスがこれに挑むのは論理的必然である。」との議論がわきおこり陸軍参謀本部暗号班が総掛かりでエニグマ暗号の解読可能性を徹底敵に検討したことがあった。

　ありとあらゆる角度から検討が加えられ、その結果彼らが得た結論は「エニグマは解読不可能」大日本帝国陸軍参謀本部暗号班は陸軍士官学校、陸軍大学校をトップクラスで卒業したエリートたちで占められている。彼らが不可能と結論した以上は絶対に不可能。たとえイギリスが解読チームを作ったところで結論が変わるはずはない。

　だが報告書は念には念を入れ次のように結論されていた。「たとえ何らかの事故によってイギリスがエニグマ暗号機本体。さらにはドイツ軍が使用している暗号表〈コードブック〉を入手する事態が起きても暗号表が日々更新されること。またエニグマ暗号機を操作するオペレーターがランダムにキー・コードを設定することなど充分な解読防止策が施されているので、実際の作戦においてこの暗号を破りあるいは逆利用することは絶対に不可能である」

　陸軍上層部が報告書に安堵したのには理由があった。日本の陸軍が用いている暗号はドイツのエニグマと同じ原理で開発されたものなのだ。数年前、ナチス総統ヒトラーは同盟国である日本とイタリアにエニグマ暗号機の試作品を提供した。エニグマ暗号が誇る鉄壁の機密性は暗号機本体ではなく、システム運用にこそ存するその事実をヒトラーは賢明にも見抜いていた。日本とイタリアに暗号機の試作品を提供してもエニグマ暗号の機密性は脅かされることはない。