14枚目 ページ14
目の前をイギリス人水兵たちが慌ただしく走り抜けるその内の一人が足を止め、内海に命じた。「顔を見せろ」パナマ帽のつばを上げる。「貴様、日本人だな。名前は」「ウツミ。オサム、ウツミ」名乗った後、内海はその印象に残りづらい顔立ちにしては厚い唇に人差し指を当て、「お静かに」と相手に注意を促した。
若いイギリス人水兵はそう言われて、チェアに座っているもう一人の男の姿に初めて気づいた様子だった。目を閉じ、頭を垂れて、椅子に深く座り込んだその男は一見してアメリカ人。少なくとも、イギリス人水兵が求めているドイツ人には見えない。あまりにもひっそりと座っているために、これまで放っておかれたらしい。眠る男に目をむけた水兵はその時、ふと妙な感じにとらわれた。
静かすぎる。この男はまるでいや、しかし。まさかそんなことが。「彼は本当に眠っているだけなのか」水兵は小声で内海に確かめた。「これだけの騒ぎになっているというのに。もしかして、彼は具合が悪いんじゃないのか」
内海は身を乗り出し、やはり小声で答えた。「どんな騒ぎでさえも今ではもう彼の眠りを邪魔することはできません。なにしろ彼は死んでいるのですから」 冗談だと思ったのだろう。水兵は手を伸ばして男の脈に触れ、本当に死んでいるとわかった途端に死者を目覚めさせるほどの大声をあげた。
転がるように仲間のもとに走り去り。しばらく、ドタドタと幾つかの足音が近づいてきた。天候の良い海上で影もなく照りつける内海の頭上にあった陽射しが遮られた。帽子越しに目を上げた内海は、正面にイギリス人士官が立っているのを確認した。背後に水兵二人を引き連れている。
「失礼。あなたがウツミさんですか」ああそうだ、と言う風に無言で頷いてみせる。イギリス人士官は空いた椅子に視線を向けた。「ご一緒させて頂いてもいいですかな」イギリス人士官の有無も言わさない口調だったが「さあ、どうでしょう」と内海はとぼけた口調で呟き小首を傾げた。
「本来は船賃を払った者だけが使用可能な椅子なのですがね。なに、かまいません。どうぞお座り下さい。ただし、この船の乗員には内緒ですよ」内海が冗談めかして着席を許可すると、イギリス人士官は内海の隣の椅子に腰を下ろした。「さてと」と彼は早速口を開いた。「ウツミさん、貴方にいくつかご説明して頂きたいことがあります」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 15人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：カナリアナ | 作成日時：2019年3月28日 23時
