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一九四〇年六月。前年九月に欧州ではドイツのポーランド侵略を契機に二度目の世界大戦が勃発。だが、その後も中立国である日本とアメリカを結ぶ太平洋航路は依然として貨客ビジネスで賑わっていた。いや、開戦により大西洋が危険な戦闘海域となったため人も物も太平洋・ユーラシア大陸経由で運ばれることにより、太平洋貨客船航路は戦時景気とも言うべき活況を呈していたのである。
太平洋を行き交う中立国、日本・アメリカ両国船は夜間航行中も煌々と明かりを灯し、中立国のマークを掲げることで航海中の安全保障に努めている。世界を二分する戦争が行われ中立国には敵対する両陣営からの誤攻撃を受けぬように細心の注意を払う義務があった。逆に言えば、どちらかが良しとする物資・人的資源を積んでいる船は攻撃や砲撃、爆沈されかねない。
六日前、朱鷺丸はサンフランシスコを出港。出港直前になり、現在交戦中であるドイツ人一行が乗船を希望してきた。船長は、ドイツ人一行の乗船希望を断るよう命じたが在米日本総領事が直々に本船を訪れ、船長に便宜を図るよう強く希望したのである。乗船してきたドイツ人の中には雰囲気の異なる男の一団が混じっていた。歩き方、目つき、立ち居振る舞いから彼らが自分たちと同業者の船員であることが明らかだった。
彼らを見ると、自然とサンフランシスコで耳にしたドイツの貨物船ゲルマニア号に関する噂が思い出された。大西洋航海中に独英戦争の勃発の知らせを受け直ちにメキシコのベラクルス湾に逃げ込み、船に偽装を凝らし潜伏した。その後、機会をうかがい多量の燃料を積んで祖国へ帰還を試みたものの、たちまちイギリスの駆遂艦に発見されて自沈。乗員はアメリカの巡洋艦に助けられて難破船乗員として収容された。
噂とは、ドイツとイギリスが現地アメリカに対してともに乗員の身柄の引き渡しを強く要求しており板挟みとなったアメリカ当局はひどく困惑を招いているというものだ。アメリカから欧米に渡るには日本の船で太平洋を渡り、ソ連のシベリア鉄道を使って大陸を横断する、ルートが一般的である。朱鷺丸の船員は、挙動不審の男たちがゲルマニア号の船員であり、イギリスから逃れようとしているのではないのか、と憶測をよんだのだ。そんな世界情勢など今回の任務にドイツ人の船乗りは関係ない。内海とAの狙いはそれとは別にあった。
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作者名：カナリアナ | 作成日時：2019年3月28日 23時
