1枚目 暗号名ケルベロス ページ1
季節は巡り夏の頃、戦争の火の粉が濃くなってきた。Aは甘利の演じる内海修のパートナー役でこの客船に乗り合わせていた。出航直後の荒天が嘘であるようかのに頭上の空は眩しい。昨夜の嵐も収まり、サンフランシスコを出航し六日目。朱鷺丸〈ときまる〉は急遽発生した低気圧を迂回し一日遅れで航海を続けていた。
優美な姿は「洋上の聖母」と称され大日本商船が誇る豪華客船であった。サンフランシスコ・横浜間を最短十二日で結ぶ太平洋航路において唯一の途中寄港地であるホノルルは皆、久しく固い陸地を踏めるとあってか南国の陽光溢れる甲板には早々と人々が現れている。一等甲板に飛び交う言語はおおよそ、英語と日本語といったところだ。
「ご覧にはならないんですか」ある人物に声をかけられ、内海修は顔を上げた。「みなさん、左舷デッキにいらっしゃるので」白く清い制服は航海士であろう彼に内海は「今、取り込み中でね」と返す。クロスワードパズルを見せて「海の神、三文字目がS。何だかわかるかい」航海士は少し迷った表情を見せて「......POSEIDON」と答えた。その答えに内海は満足げに返す。「海のことは海の男に聞け、だな」そう呟きながら、クロスワードを埋めていく。
「ちなみに、これはどうだろう」ともう一問を見せ、航海士に聞く。「？変奏曲。ヒントはそれだけですか」「六文字。最後の文字は多分A」航海士は少し考え、首を振った。「すみません。私には、ちょっと」その返答を聞いて肩をすくめながら呟く。「それじゃあ、この縦のマスは置いておくことにして次は......」
航海士の顔が曇ったのを視界の端で内海は捕らえた。それは決して、クロスワードパズルに夢中になり左舷デッキへの誘いを断ったためだとは言い難かった。航海士の見る先は、先ほどまで人影の無かった右舷デッキにいつのまにか数人の男たちが固まり、顔を寄せ合い小声で言葉を交わしている。「何もなければ良いのですが」航海士の言葉を内海は聞かなかった様子で次のクロスワードパズルに取りかかっている。「冥府の番犬、八文字で最初の文字はK」
クロスワードに夢中で興じる男に佳乃は呆れたのか席を立ち視界に入る青を眺めた。視界の中の上下は澄んだ青と深い青で覆われていて太陽の光が眩しい。内海と合わせて着た白色のワンピースが海風に揺れて涼しげな様子だ。しかしそれも束の間にすぎない。再びクロスワードパズルの広がるテーブルに着いた。
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作者名：カナリアナ | 作成日時：2019年3月28日 23時
