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35枚目 ページ35

伊沢のその腕に注射器の針が突き立てられる。餞別だと渡された赤いクロス張りの一冊の書物。中は横書きのアルファベットで“The life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoe”『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な驚くべき冒険』と記されている。イギリスへ向かう船の中で読んだ。伊沢は餞別のその本を慎重にページをめくり、文行の余白に何か指示が書かれていないのかを確認した。だが、そのようなものは一切見当たらなかった。どのページもまっさらで、自分よりも先に誰かが先にこの本を開いたかどうかさえ怪しいものだ。念のためD機関で使用している様々な試薬や、さらには紫外線ランプでも試したが、隠しインクが使われている形跡もない。さては、任務先のロンドンで写真屋に精を出せという謎掛けか。


 時期が来たら分かる仕掛けになっているのだろうさ。目を閉じると、途端に睡魔に襲われた。眠りにつく寸前、ふと頭の中に閃くものがあった。そうか、そういうことか。だが、まだ先があった。謎の答えにもう少しで手が届く......。もう少し、もう少しだ、それなのに。畜生。はっとして目が覚めた。目の前が霧にかかったように二重にも三重にも見える。強く瞬きをすると、幾分か視界がはっきりとした。「気分はどうかね」目の前のマークス中佐に体調を尋ねられる。「そうだなぁ......まぁ悪くはない」とっさに、にやりと笑って答えた。


 「どうやら薬の効果が切れたようだな。水を飲むかね」マークス中佐は口を歪ませる伊沢を見てそう言った。「この自白剤には、喉が乾くという困った副作用があってね。それがまあ、欠点といえば欠点だ。改善の余地があるということだな」伊沢は言葉尻を聞く前に差し出された水を飲み干して、尋ねた。「俺は......何を話してんだ」ニヒルな笑いを浮かべてマークス中佐が言う。「なに、心配することはない。君がこれまで自分から話してくれた内容を念のため確認させてもらった」この瞬間、捕らえられて以降に初めて手錠が外された。手首にはあざになってしまった手枷の跡がくっきりと存在した。凝り固まった手首の感覚を取り戻す様にゆっくりと数回回して、筋肉の硬直が痛みを催し伊沢は眉をひそめた。マークス中佐は感情の無い目でそれを見届けると伊沢の後ろにいた自分の部下にある物を運ぶ様に指示をした。伊沢の顔に向けられて照らされたライトは適切な角度に緩まれた。

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カナリアナ(プロフ) - エルモさん:仲間ですね!!自己満足になってしまうんですが、小説も頑張っていこうと思います。読んでくれてありがとうございます!! (2019年12月9日 21時) (レス) id: ddfa994d58 (このIDを非表示/違反報告)
エルモ - ジョカゲ好きです!! (2019年12月9日 20時) (レス) id: 9cee2cc714 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:カナリアナ | 作成日時:2018年12月12日 21時

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