星祭り 其の壱 ページ36
七月七日、午前四時。つまりは夜明けの晩。
私はかもめ学園旧校舎の美術室前階段にいた。
「何でこんなことに……」
来るはずじゃなかったのに、とか、眠い、とか、ひたすらに愚痴を溢す。
「ぐずぐずしてないで早くしなさいな」
そんな私にヤコさんがカツを入れて私の腕を引いた。
四段目を踏み込んでミサキ階段の境界へと入る。ぱしゃり、と水が跳ねた。
「ねえ、ヤコさん、私呼ばれてないんだけど……」
いや、呼ばれてはいたのだ。
ただ私が眠いから、と言う至極真っ当な理由で断っただけで。
「知らないわよそんなの」
ぐい、と背を押されて泣く泣く歩みを進める。
招かれたのはい草の香りが漂う和室だった。
「敦賀さん！」
来てくれたのね、と嬉しそうに笑う寧々ちゃんは着付け途中だったようで、帯が不自然に曲がっていた。
「ほんとは今頃夢の中だったはずなんだけどねえ」
どっかのキツネに呼ばれて、と呟くとカプリと噛み付かれる。
ごめんごめん、なんて軽く謝りながら寧々ちゃんの帯をそっと直す。
「さ、アンタも早く着なさいな」
「私はいいよ……」
寧々ちゃんだけで十分過ぎる、と言葉を紡いで重い溜め息を吐き出した。
来るつもりでは、無かったのだ。
これ以上、彼の過去に関わらないためにも。
「……ま、いいわ」
私の心中を知ってか知らずか、ヤコさんは私たちを案内するように歩き始める。
寧々ちゃんは少し落ち着かなさそうにその後を着いていく。
――これきっと行かなかったら怒られるやつだ。
どっこいしょ、なんて年寄り臭い掛け声で立ち上がる。体が重い。
寧々ちゃんの隣に並んでちらりと寧々ちゃんを盗み見た。
淡いピンク色の生地に真っ赤な牡丹の花がよく映えている。
「寧々ちゃん、綺麗だよ」
「あ、ありがとう……Aちゃん」
ほう、と頬を赤らめた寧々ちゃんにそっと微笑む。
そう言えば、初めて寧々ちゃんのこと名前で呼んだかもしれない。
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作者名：八重 | 作成日時：2020年6月24日 20時
