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普くん 其の参 ページ30

「私は敦賀A。Aって呼んで」

甘いものが好き。ご飯だとオムライスが一番好き。最近の悩みは大切なものが増えたこと。

「そうそう、普くん、ドーナツは好き?」
「どーなつ?」

何それ、と言う普くんの目の前にがさりと紙袋を掲げた。
中から手作りのそれを取り出すと甘い香りが教室に漂う。

「頑張って作ったんだよ」

お菓子作りって苦手なんだけど、と愚痴を溢しつつ普くんに一つ渡した。
普くんは興味津々と言った様子でじっとドーナツを見る。

「甘いよ」

パクリと一口噛み付いて、見せ付けるように食べてみせた。
普くんはそっとドーナツに口を付ける。

「美味しい……」
「気に入ってくれて良かった」
「ねえ、また持ってきてよ」

パッと開花するように笑った普くんに鼓動が早くなるのを感じた。
それを必死に取り繕って、いつかね、と曖昧に返事をする。

「いつかっていつ?」
「明日かもしれないし、来週かもしれないし、もしかしたら数十年後かもしれない」
「そんなに待てないよ」
「待たなくて良いよ」

いつかは忘れて、新しい誰かと美味しいねって笑ってよ。
そう言い切って席を立つ。

名残惜しさを感じながら、けれどもカラリと笑ってみせる。

「私ね、普くんが私のこと忘れちゃっても、嫌いになっても、ずっと、普くんのこと」

パチリ。
電気を消したように辺りが暗くなって、次の瞬間には目の前に茜くんが立っていた。

「おかえり」

楽しかった?なんて、思ってもないことを聞く茜くんにうん、と短く返す。

「ありがと、茜くん」

私の言葉に茜くんは目を見開いて、けれども直ぐに澄まし顔になって別に、と答える。

――普くん。私ね、ずっと、ずっと。

好きだよ。
最後の言葉は、きっと届かなかった。


******

(注釈)
ドーナツが日本に来たのは1970年、人類が初めて月に行った翌年です。
なので作中では普くんは主人公にもらって初めてドーナツを食べたことにしています。

カガミジゴク 其の壱→←普くん 其の弐



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作者名:八重 | 作成日時:2020年6月24日 20時

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