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遊女 ページ36

八つになった年、"ここ"に連れて来られた。
毎日毎日、女郎と呼ばれる女性らの身辺の世話をして過ごした。

 そんな日々に疑問も抱かなくなった頃のことだ。


「なんてやつだ!」

怒鳴り付けるように放たれたその言葉に肩を震わす。
申し訳ありません、と額を床につけた。

「ふざけるな!俺を何だと思ってやがるんだ!」

それでも収まらない怒りにどうしたもんかと頭を悩ます。

ガン、と衝撃が走って踏みつけられたのだと理解した。
額からじわりと痛みが広がっていく。いたい。

泣き出してしまいそうなのを必死に耐えてもう一度、絞り出すような声で申し訳ありません、と言葉にした。
否、しようとした。

「そさま」

柔らかな、それでいて凛として透き通るような声が鼓膜を揺らす。
男がしどろもどろに弁解を始めて、頭の上から重みが取れた。

「どうなんした?」

千早様だ!
ばっと顔をあげる。

能面のように笑みを張り付けた女性が立っていた。
その美しさに、思わず息を飲む。

肩を出した着物姿。
一歩踏み出す度にあとを付いて回るおはしょり。
高い位置に結ばれた髪に施される、豪華な装飾品。
伏せがちな長い睫毛と、艶やかな紅い唇が色っぽさを引き立てている。

「こいつが俺の一張羅を」

「A」

男が全てを言い終わる前に千早様はワタシの名を呼ばれた。
男は苛立った様子で地団駄を踏む。

その姿が余りにも醜くて、千早様の隣に立つには相応しくない、とぼんやり考える。

「行きなんせ」

有無を言わせないその表情に、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。

その日を境にして、千早様のお姿を見ることはなくなった。
きっと、ワタシのせいだ。


それから数年、十二の誕生日に初めて装飾を許された。

まるで自分じゃないような、鏡に写る"女性"にみとれた。
歩く度にふわりとあとを付いて回るおはしょりに嬉々とした。

緩む頬を自覚しながらも抑えられない自分が情けなくなった。
その度に千早様のお姿を思い描いて、自分を嗜めていた。


千早様。
優しくて強い、こういう仕事をしているが決して男に媚を売るわけでもない。

とても綺麗なあの人のようになりたい。

ワタシに向けて声をかけてくれたのはあの一度きりだけれど、名前を覚えてくれていた千早様のように、いつでも凛とした態度を崩さなかった千早様のように。


「おいでなんし」


今日もまた、千早様に逢えることを願ってワタシはこの仕事を続けていく。




─遊女─END

君には届かない 〜前編〜→←ホラー (加筆ver)



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八重(プロフ) - カシオペアさん» ありがとうございます!!まさかこっちまで読んで頂けるとは……その上コメントまで……本当に感謝します(*/□\*)上手なんて、恐縮です……(でも嬉しい)頑張ります!ありがとうございます!本当に!!! (2017年7月3日 21時) (レス) id: e19e44ac0b (このIDを非表示/違反報告)
カシオペア - ヒロアカの方を読んだので、こちらものぞいてみましたが本当に文を書くのが上手なんですね。一つ一つが短くて読みやすいです。更新、頑張ってください! (2017年7月3日 20時) (レス) id: 972c361b83 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:八重 | 作成日時:2017年4月24日 2時

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