境界線。弐【時透無一郎】 (ページ29)

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第七十六話ページ29

暫くの間むいくんの部屋の前にいると障子が開けられた。むいくんが複雑そうな顔で私を見つめる。

『むいくん…』

「……嫌じゃないの？」

『…え？』

「急に接吻してきた奴と…話したくもないでしょ」

そんな事ないと言う前に、むいくんはまた口を開く。

「…なかった事には出来ないけど…忘れて良いから。あの時の事……全部」

何…それ…。

『…忘れられないよ…』

何でそんな事言うの…。

『初めて…だったもん…』

「…………ごめん…」

違う、違うんだよ。

『私は…謝って、欲しいんじゃない。そんな風に、キスした事が、間違いだった、みたいにしないで』

「…A」

ファーストキスだった。勝手にされた。だけど…

『…私は…嬉しかったのに…』

ハッとして横を向く。

また私は…言うつもりなんてなかったのに。どうして口にしてしまうんだろう。

顔がカァァッと熱くなって行く。

「……またすぐそんな事言う…」

むいくんがそう呟いた。それから頬に手を添えられ、前を向かされる。近づいて来るむいくんの顔に、またキスされるのかと思い目を瞑った。

コツン、とおでこが当たる音がした。

「…A…僕の事大好きでしょ…？」

『ぅえ…！？！？』

急に何！？

急いで離れて何か言おうとするけど、頭が真っ白になって言葉が出てこない。沸騰しそうな程身体中が熱く、きっと顔も赤くなってるだろう。

『それ、は…あの…』

「…分かってる。恋仲になれない、僕に言えない理由がある事くらい分かってるから。Aが僕しか見えてないならそれでいい。だけど、いつかは話してよ。Aが隠してる事」

『…むい…くん』

私がこの世界の人間じゃないと言っても…受け入れてくれるのかな。

『…うん、分かった』

出来ればずっと秘密にしておきたいけど、いつか言わないといけない日が来るかもしれない。

でもまだ…今は言えないんだ。