第９話 少年の名前 ページ11
少年は少しの間呆然と立っていたが、やがて野坂と同じようにしゃがみ目線を合わせた。途中でしゃがみきれず後ろに尻餅をついていたが、それは野坂には見えてなどいなかった。
眼中にないと言うわけではない。
本当に、野坂の目には何も見えていなかった。
「……え？」
「何してんだ、野坂」
「何してるかわからないのはお前たちだぞ」
突然口を開けたのは、ベンチで座っていた砂木沼だった。腕を組み苛立っているように眉間にしわを寄せて、灰崎たちの前に立つ。そのとき確実に彼は少年の足を踏んでいた。
「なぜ、何もないところに集まっている。新たな作戦か？」
「……砂木沼、お前ちょっと風に当たってきてもいいぞ」
「はぁ！？」
「その必要はないよ」
野坂もゆっくりと立ち上がり、砂木沼を見上げるようにして答えた。
「僕にも、ここには誰かがいるようには見えない」
皆が口々に、すぐ近くに少年の姿があることを話すが野坂の目にはいつも通りの地面が広がるばかりで何もなかった。人がいる形跡も、わずかな呼吸音すらも聞こえない。
「西蔭、さっき君は何か音を聞いたんだろう？」
「あ、はい。コイツの大声です」
「僕には聞こえなかった。砂木沼さんもそうですよね」
「嗚呼。急に皆が耳を押さえてこっちに来るから何かと思ったぞ」
仲間の発言が理解できない。たしかに灰崎やヒロトや、明日人の前には少年の姿がある。やや白い髪が片目を隠し、見えている瞳は鮮やかな黄緑色を主張している。
だが、野坂や砂木沼が冗談を言うような人ではないことも知っていたし、仲間である彼らの発言はもしかしたら正しいのではないか。
混乱する頭をなんとか整理しようとしていると、少年がポソリと口を開いた。
『はぁ。大丈夫だよ。別に僕は君たちにしか僕の姿が見えていないことを隠すつもりはない。そんな不安そうな顔しないでよ』
「うわっ、喋った」
『西蔭、野坂に通訳してほしい。彼に僕の姿は本当に見えていない。声も聞こえないだろうから、僕の言葉を伝えてほしい』
分かった、と半信半疑のように頷いた西蔭に少年は顔をほころばせて安心したように話し始めた。
手始めに、と吹雪が少年に向けて質問を投げかけた。
「君、名前はなんて言うの」
『僕はA』
よろしく、とAはにこりと笑って返答した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 4人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：匿名の人。 | 作成日時：2019年12月6日 19時
