97:頼み ページ49
蝉の鳴き声が煩わしい。
早朝の素振りを終えて、井戸から引き上げた冷たい水で顔を洗っていた私に声を掛けたのは、私服姿の沖田さんだった
「A」
「あ、沖田さん、どうされたんですか、こんな時間に」
お姉さまはやはり体調が芳しくないようで、沖田さんは近頃仕事も休んで看病をしているらしい。
そのせいか、いつもより悪い顔色と、思い詰めたような表情に、少しばかり胸騒ぎがした。
「お前に、一つ、頼みがある」
「頼み?何でしょうか」
濡れた顔を手拭いで拭いて、沖田さんと向き合う。
飴色の瞳が、睨み付けるように私を見詰め、薄い唇が言葉を紡いだ
「土方を、斬ってくれ」
「……は?」
「殺せって訳じゃねェ。暫く動けねェ程度に」
「お断りします」
ぴしゃりとそう言い切れば、沖田さんはぎゅっと眉間にシワを寄せた。
何をらしくないことを言い出すのかと、きっと疲れているのだと言おうと口を開いたが、沖田さんの言葉の方がずっと早かった
「……あんた、人斬りだろィ」
確信をもって放たれた言葉に、ツキリと胸が痛みを訴えた。
「姉上は、もう、長くねェ」
「それ、は、」
「あの人は、小せぇ頃から親の代わりに病弱な体をおして俺の世話ばかりでよォ……自分のことほったらかしで…婚期も遅れちまって。
ようやく幸せ手に掴んだと思ったら……
せめて、死ぬ前に一時でも、人並みの幸せを……味わわせてやりてェ」
「だからといって、どうして副長を斬るなんて」
沖田さんはギッと歯を鳴らした。
飴色の瞳がゆらりと暗い揺らぎを見せながら、私に向けられる。
「あの人は、喩え姉上の幸せを邪魔しようが、転海屋をしょっぴくつもりだ。
見逃すつもりも、猶予さえくれねェでしょうよ」
腰に携えた鉄の凶器が、ふるりと震えた気がした。
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みぃ(プロフ) - コメント失礼します!こちらの作品がとても大好きでいつも楽しく読んでます。更新頑張ってください。応援してます (2019年5月31日 19時) (レス) id: d77d134be6 (このIDを非表示/違反報告)
虎(プロフ) - れもんさん» 楽しみにしてます!私の考えなのですが、伊東さんは、もしかしたら愛情が欲しかったのかな?と思いました。 (2019年2月19日 23時) (レス) id: f0c523c988 (このIDを非表示/違反報告)
れもん(プロフ) - 虎さん» お返事遅くなり申し訳ありません。コメントありがとうございます!!伊東さん…確かに頭が良くて何と無く怖い印象があるのわかります…でも生い立ちもラストも切なくて……。真選組動乱編終了までもう少しですので楽しんでいただけるよう頑張ります! (2019年2月18日 23時) (レス) id: af4b9b062a (このIDを非表示/違反報告)
虎 - 面白いです!私は伊東さんっていつ見ても少し怖い印象を持っています。 (2019年2月17日 20時) (レス) id: f0c523c988 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:東雲出雲 | 作成日時:2019年2月13日 0時