105:吉田稔麿 ページ7
「A〜、入りますよ〜」
するりと障子を開けば、書見台に向かうAの姿。
すらりと背を伸ばしたまま無表情に本に視線を向けているのをみて、途方も無い懐かしさに胸がキュッとなる。
「稔麿」
平坦な、色の無い声は確かに冷たく聞こえるかもしれないが、それでも彼女の瞳に何か、優しいものが揺らぐようになったのはきっと、彼女が半年の間に俺達とは違う何かを見つけたからだろうか
「読書中でしたか、邪魔しちゃいました?」
「いや、大丈夫。何か用ですか?」
「いや、ちょっと喋りに来たんですよ……、邪魔ならすぐ出ていきますから、言ってくださいね」
「邪魔なんて、そんな事ありませんよ。ちょうど誰かと話したかったので」
彼女が消える少し前は、こんな風に雑談なんて出来なかった。
今では俺が落ち着いたのか、……いや、Aがほんの少しだけ昔に戻ったのか。
圧し殺すような殺気でも、冷めたい人形の様な目でも無い。
塾でのんびりと過ごしていたあの時のように、少し浮世離れしたような、それでいて優しげな、そんなAに。
「稔麿?」
「ぇ、あ、」
「具合が悪いようなら玄瑞を呼んできましょうか」
「いや、大丈夫です。それよりこの半年の話、聞かせてくださいよ」
そう言った途端、Aの表情が露骨に和らいだ。
「そうですね、それじゃあ─────」
同時に痛感する。
ああ、俺達はこの人からこんなにいい表情を奪ってしまっていたのだと。
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みぃ(プロフ) - 続編おめでとうございます!これからの展開がすごっく楽しみです!これからも頑張ってください。 (2019年8月13日 23時) (レス) id: d77d134be6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:東雲出雲 | 作成日時:2019年8月12日 14時