2019年5月13日 ページ8
作中では特に触れられていないが、名雲の就職後1年あまりの間に二人とも携帯電話の機種変更を行っている。 揃いも揃って既にモデルチェンジされて発売されていない携帯電話を使っていた上に本体の寿命も共にやってきたのだった。
CoCoMoのF525iGPSとZoftPankのAQAOS PHONE。 インターネットが使える優れものだが、メールですらまともに扱えない真理恵にとって性能の違いはどうでもよいことだ。
「あ、いたたたたっ。 典子さん、痛い痛い…終わったかも」
「はいはい、きっちり5分おきね」
5月13日、午前9時。 陣痛は既に5分おきになっており、合間に話す余裕も薄れてきている。 真理恵が以前見たお産の経験者もこのような痛みに呻いていたのだろう。 百聞は一見に如かずとはまさにこのことだと痛感した。
「典子さん、私もヒー、ヒー、フーってやりたかった」
「ラマーズ法ね、お父さんに来てもらわなくちゃね」
「じゃあ、いいや…」
『お父さん』。 典子は未だ海外出張から戻らない不届き者を意図していたが、産婦はそうでもなかった。 まともに会ったことのない古川という父親を頭に思い描いたのだ。 母のように女たらしに騙されたくないから生涯独身、子どもも持たないと誓っていたのに…。 事実は小説よりも奇なりとはこのことを差すのだろう。
「ゾフトパンクお留守番サービスにお繋ぎいたします。 ピーっと鳴りましたらご用件をお話しください…」
着信音にも気づかないほどの痛み。 新しい携帯電話は勝手に留守電メモの内容が再生される優れものなのだが、この時ばかりはその機能を恨みたくなった。
「名雲です。 羽田に着きましたので、昼食を二人前用意しておいてください」
To Be Continued...
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