2019年8月15日 ページ26
ゴロゴロゴロゴロ、と古めかしい乳母車を転がす音がする。 朝も早くから若い婦人が汗をかきながら隣県の教会まで花を抱えてきた。
「まあ、真理恵さん」
教会墓地の真新しい二つの墓標の前には先客があった。 小橋幸雄と妻の真紀子、それに来る11月6日で2歳になる養女の麻由美。 彼らも墓参りは欠かさないが、ほとんど月命日周辺の日取りを選んでいたため真理恵と出会すことは無かった。
「ご無沙汰しています、小橋さん。 麻由美ちゃんも大きくなりましたね」
「ふふ、すっかり人見知りが始まっちゃって」
養父の腕の中の麻由美は真理恵を見て表情を歪めている。 若い女性でも日本人離れした顔立ちは受け入れるのに時間がかかるようだ。
「真理恵さんは…お嬢さんでしたよね。 お名前は?」
「カタカナでエミと言うんです。 3ヶ月になりました」
「まあ、そうなのね。 それじゃそろそろお暇致します。 百合ちゃん、また来るからね」
一家を見送ったところで、別の女性に声を掛けられた。
「葵自動車総務部の広岡理保子です」
「あ、神奈川大学大学院理学研究科の滝賀子です」
「賀子ちゃん、そこまで言わないでいいから」
彼女たちは亡き福井百合子の高校の同級生で、文芸部の部員でもあった。 今週末に開かれる部活動の先輩の結婚祝いの会に参加する旨の報告に来たとか。
「百合子ちゃーん、
「ゆりちゃんの従兄弟とかじゃないよね…?」
炎天下の中、高校3年間の青春を女子だけで過ごした若い彼女たちは尽きること無く墓標に向かって話しかけていた。
「名雲さんのお兄さん、ゆりこちゃん、また来ます──」
今度は、もう一人連れて。
THE END
『息災ですかあの人は』
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