2019年4月15日 ページ2
世間一般で言う臨月に入り、通院頻度が1週間に1回に増えた。 体重はようやく通常の平均体重に戻り、一時のような貧血に悩まされる機会も減った。
「まりちゃん、顔色良くなったわね」
「えー? 元々良かったでしょう、典子さん」
大家の依田典子に対して軽口を叩けるようになった真理恵は丁度ひと月前に34歳の誕生日を迎えた。 それと同時に同居人の帰国まで残りひと月を数えるようになった。 子どもが産まれるのと帰国はどちらが早いだろう。
「マリエちゃん、今日もあそこかい?」
「あ、節子さんおはようございます! 今日行かないと当分行けなくなるから」
出産を控えて元の元気玉に戻った真理恵は、今日も朗らかに電車に飛び乗った。
「Salvum fac populum tuum, Salvum fac populum...」
同居人の兄と元同級生が葬られた墓地に隣接する教会からアントン・ブルックナー作曲の『
村松司祭の声に惹かれて戸を叩いた真理恵だったが、彼が気づく気配は無い。 余程歌が好きなのだろう、と思いながら耳を傾けた。 荘厳なオルガンの調べに乗せられて──。
「non confundar, non confundar in aeternum...」
オルガンの手が止まった時、真理恵は拍手せざるを得ない感覚だった。 教会に通っていた頃、讃美歌を歌う度に拍手する習慣はなかったのだが。 そこで初めて、司祭は観客に気づいたようだ。
「真理恵さん、大きくなりましたね」
「ええ、もういっそのこと早く産まれてほしいくらいで」
生涯独身を義務づけられている司祭でなければ間違いなくときめいていただろうと真理恵は思う。 年回りも良く、懐の大きな35歳男性。 どこぞの同居人とは天と地ほどの差だ。
「福井百合子さんとは、よく讃美歌を歌ったんですよ」
過疎化で信者の減った教会に光を灯した女性。 高齢者ばかりでは日曜礼拝以外に人の出入りは無いが、百合子は検診の帰りとスナックバーへの出勤前に必ず立ち寄っていた。
「ゆりこちゃんと? よく色々な歌を歌っていましたよね」
讃美歌は聞いたことないなぁ、とぼやいた妊婦に、司祭は彼女の生前に何らかの理由で録音した音源を掛けた。
「Te deum laudamus te dominum confitemur. Te aeternum patrem omnis terra veneratur...」
To Be Continued...
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