2016年8月22日 ページ28
盆をひっくり返したような雨音で、真理恵は目を覚ました。 時計の長針は4と5の中間ほどだ。
気休めにつけたテレビはどの局も台風報道一色で、中継では風雨にさらされている関東近郊や北海道ばかりが報じられている。 当分、家から出られそうにない。
「朝ご飯、何を作ろう…」
昨日も北海道では天気が荒れていた。 大学に入学して以来会っていないが、北海道に住む曾祖父たちは無事だろうか。 石狩川沿いに住んでいるわけではないものの、高齢の彼らは心配だ。
──もう、この世の人ではないかもしれないけれど。
10年以上会っていないのだ。 もうあちらの親戚は皆忘れているかもしれない。 2月に会った兄に彼らの近況を聞かなかった自分を悔やんだ。
そんな時だった。 寝室のドアが開いたのは。 こんな早くにと真理恵が呆気にとられているのを横目に、普段は寝起きが悪く、ベッドからなかなか離れない同居人が出てきた。
「おはようございます」
「お早いんですね、名雲さん」
彼は普段つけないテレビに反応した。 珍しいこともあるものだと言われた真理恵は、今日は朝刊が届いていないからと理由を説明した。
「どうにも寝つけないもので」
「同じです。 少し早いけれど食事にしませんか」
「では頂きます」
今朝は鶏卵があったことから、台湾風の鉄板で焼いたフレンチトーストを作った。 そこにいつもと変わらぬ野菜サラダ。 飲み物は各々が勝手に用意している。
「フレンチトーストですか? 珍しい形だ」
「台湾ではこれだそうですよ。
子ども──ティーンの頃、多忙な祖父がたまに作っていた料理がこれだった。 賑やかだった家庭では甘党の母と自分がシロップを使いきり、怒る祖母。 それを見て笑う兄。 母と祖母を諌める伯母──最終的には兄と自分が片道徒歩15分の一番近いコンビニに買いに行かされたのだが。
「貴女の料理は国際的ですね。 まるで世界旅行をしているようだ」
「これを作ってくれたうちの祖父、移民なんですよ」
台湾からの──と続けようとした彼女に、同じ言葉で語尾を上げたものが聞こえてきた。 彼女の声は高音質で相手の声は低音質だからか、巧いハモりだ。 真理恵は普段話さないことまで話し始めた。
「タイヤル族なんです。 戦後に北海道に来て──」
台風上陸の不安を紛らわせるかのように、彼女は昔話を続けた。
THE END
『タイヤルの思い出』
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