𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟾 ページ9
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彼が面会に行ってしまってから、かれこれ1時間くらいは経つ。
勿論、自由時間は終わって私は室内で勉強道具を広げていた。
ガラガラッ
私が鉛筆を走らせていると、ドアが開く音がした。その音にぱっと顔を上げてみれば、珍しく上機嫌な彼の姿が。まるで何かいいことでもあったかのよう。
「どうしたの、遅かったね」
「ああ、まあな。……かなりあるんだ、話すこと」
私がすぐ隣に座った彼に尋ねると、"昼飯が済んだら話す"と言われた。口角を上げたその横顔を不思議に思いながら、私は再び教科書に目を移した。
❉
ポカポカした昼過ぎ。
まさに日向ぼっこにはうってつけ。クロくんはごろりと庭先で寝転がっている。
でも、そんな私たちを取り囲むのは張り詰めたような空気。やけにうるさく聞こえる木々のざわめきは、きっと私の気のせいではないだろう。
「……それで、話すことって?」
私がやや緊張気味に尋ねると、しばらくして彼の口がゆっくりと動いた。
「俺、14になったらここを出ていくんだ」
そう話す彼は生き生きとしていた。いつもよりずっと彼の瞳は輝いていて。今の私とはまさに正反対の表情だった。
「……え?」
さて、ここで冒頭に戻るわけだが。本当に私は何も理解出来なかった。
「それからな、俺の名前もわかったんだ。さっき会った連中がどうやら俺の───」
「ちょ、ちょっと待って!」
そのままペラペラと矢継ぎ早に話す彼を止める。急な話の展開についていくことなど出来るわけがない。話が全くわからないことを伝えれば、1呼吸おいて初めから話してくれた。
「さっき会ったのは、俺の親戚が世話になっていた会社のやつだったんだ」
「会社?」
「ああ。まぁ、会社っていうか組織っていうか……正式名称は知らねーけど」
彼の両親がいないことはずっと前に聞いていた。でも親戚の話は聞いたこともなかった。そうか、彼にはいたのか。
「その親戚はもういねーみたいだが、結構な地位にいたらしくてな。俺が14になったら是非うちに来て欲しいんだと」
「…………ねぇ、行っちゃうの?そこ」
「もちろん、当たり前だろ。どうせここを出たって行く宛てなんかねーし」
"貰える賃金だって高ぇほうだしな"と彼が言った。
確かに彼の言っていることは正しいと思う。実際に、もし私が彼の立場だったら同じことを言っているはず。
でも、どこか話がうまくいき過ぎていると思うのは、私の思い過ごしなんだろうか。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時