𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟽 ページ8
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その運命の歯車が回ってしまったのは、私が8歳の頃だった。
「俺、14になったらここを出ていくんだ」
とある暮れの春。そう彼が私に告げたことが発端だった。
そう言う彼の顔は清々しそうで。こんな表情をするのはかなり珍しい。そう思う程に彼の口元は緩んでいた。
「……え?」
そして、その言葉に動揺を隠せるほど私は器用じゃない。今、目の前で言われた言葉が全く理解できなくて。
そんな温度差のある私たちの間を、そよそよと春風が吹いていた。
時は遡ること数時間前……
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「………ねぇ、Aちゃん。黒澤くんのこと呼んできてくれる?」
私がいつものお気に入りの場所に行こうと靴を履いていると、そう先生に言われた。
「あ、わかりました!でも何で急に……」
彼が先生に呼ばれることなんて滅多にない。人に怒られるようなことも、何か迷惑をかけることだって彼はしたことがないはず。というより、人とあまり関わりを持たない。
それなのにどうして。
「黒澤くんにね、会いたい人がいるんだって」
……その先生の言葉は、私が全く予想もしなかったものだった。
それから、私は先に例の場所にいた彼に駆け寄った。そして、今しがた先生から聞いた話を伝えると彼は顔を顰めた。
「俺に会いたいやつだと……?」
「うん、早く来てね〜だって」
やはり彼も誰なのか見当がつかないみたい。
始終、彼は違和感の文字を顔に浮かべていたが、すぐに走っていってしまった。
私だって面会に来てくれた人はいなかったのに。そもそも、この施設に先生以外に来る人なんてほとんどいなかった。
どんな人なんだろう、会いたい人って……
なぜかはわからないけど、ざわざわとする胸騒ぎを感じながら徐々に小さくなる彼の後ろ姿を見つめる。
フェンス越しから、心配そうな顔をしたクロくんが一声吠えた。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時