𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟹𝟹 ページ34
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モグモグとおにぎりを食べ終えると、私は警察学校へ向かって歩いていた。
どうせ他に行きたい場所はないのだ。射撃訓練のこともあるし早く帰ろう。
そう歩いていると、大通り近くの路地裏から声が聞こえた。それは聞き耳を立ててようやく聞こえる程度だったが、話の内容的には何やら揉めてる様子。
「は、話が違う!私が聞いた内容は……!」
「……しつけぇな。命が惜しけりゃさっさとそれを寄越せ」
2人の男の人の声だった。しかも、片方の男の人は命がかかっているらしい。正義感が働いたのかはわからないけれど、私は狭い裏路地に入りゆっくりと2人に近づいた。
「……刑法第249条、恐喝罪。人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」
そして、ついこの間暗記したばかりの刑法を読み上げれば、私の声に反応して男の人がこちらを振り返った。
「──って、知ってた?陣」
長身長髪のその男の人は、紛れもなくあの陣。私を見据えるその瞳は凍てつくように冷たくて。
彼が目を離したその一瞬の隙に、相手の男の人はトランクケースを置いて走って逃げだした。その様子に陣は小さく舌打ちをすると、再び私に視線を戻した。
「………何の用だ」
「何の用、じゃないよ。犯罪行為だったから止めただけ。
───私、警察官なの」
やや間を空けて、ちょっと緊張気味に告白した。
一瞬、彼に笑われるかと思った。"お前が警察?冗談じゃねぇのか"って。
でも、そんな私の思惑とは裏腹に彼は何も言わなかった。少しは目を見開いていたから驚いてはいたんだろうけど。
まぁ、そうよね
彼とは対極の立場だし……
無言の彼を横目に立ち去ろうとすると、"待て"と声をかけられた。
「お前が俺を捕らえねぇ理由は何だ」
サツなんだろ、と続けて。
確かに、警察官である私が彼を取り押さえないのはおかしい。でも、それには私なりの理由がある。
「それは、私の命の恩人だから……」
脳裏に、あの雨の日の光景がフラッシュバックした。
施設長に首を締め付けられた感覚は、まだ残っている。グッと掴まれて徐々に息ができなくなるあの感覚が。あんな思い、もう二度と経験したくない。
あの時、陣が来ていなければもうこの世にはいなかっただろう。彼にとっては例の組織の任務だったのかもしれないけど、私からしたら大きな助けだった。
つまり、あの日に私は彼に大きな借りを作ってしまったのだ。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時