𝙵𝚒𝚕𝚎.𝟸𝟿 ページ30
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そんな彼は私の言葉には耳を傾けず、蹲る施設長さんのところへ歩を進めた。
「……あの方からの命令だ。テメェはもう用済みなんだとよ」
数年ぶりに聞いた彼の声は、前よりもずっと低くて冷たい。
そして、施設長さんの額に拳銃を当てるその姿は、私の知らない彼だった。
「は、早まるな……!私は、君を組織に引き渡してあげた恩人なんだぞ!!」
先程の威勢の良さはどこに行ったのか。すっかり青ざめた彼は、膝を着き命乞いをしている。肩を押さえている手からは血が滲み出ていて、陣くんが撃ったのだと察しがついた。
「……そんな昔のことなんざ忘れちまったなァ」
陣くんは一通り命乞いを聞くと、そのまま躊躇いもなく引き金をひいた。
バンッと1発の発砲音とともに、施設長さんの頭に小さな穴が空く。
私は声を出すことも動くこともできず、目の前で起きた殺人にただ呆然としていた。あの彼が、人を殺したことが信じられなくて。私の記憶に残る彼はそんな事するはずがなかったから。
「……ま、待って!」
我に返った私は、部屋を出ていった彼を慌てて追いかけた。
外はひどく雨が降っていたしスリッパを履いたままだったけど、私はそんなの気にもとめず外に出た。
「待って、陣くん!」
暗闇に消えようとした彼を必死に呼び止める。
あまりに冷酷で無情な彼に、私は引き留めたはいいもののなんて言えばいいのかわからなかった。
なんで人を殺したの、この6年に何があったの……それだけじゃない、もっと彼に聞きたいことが山ほどある。
「…………外の世界ってのは、綺麗なもんじゃねぇな」
彼はそう一言、ただ残した。その表情は前髪に隠れていてわからなくて。
そして彼はそのまま歩いて去っていった。
……いや、戻っていったのだ。私の知らない裏社会に。
1人その場に残された私は、ひたすら雨にうたれていた。いつの間にか私たちの間には見えない壁ができていて、私と彼の6年間はあまりにも違いすぎたのだと痛感する。
今の彼に似合う言葉は、まさしく"冷酷非道"。彼が引き取られた組織で何があったのかわからないけど、やっぱり普通じゃなかったのだ。
そして、この時その場。私は立ち尽くしながらある決意を固めた。
………私、警察官になる
彼を闇に落とした組織を壊滅させる。そしから彼を更生させる。
簡単に警察になれるとは思わない。でも私は絶対になる。
激しく降り続ける雨は、そんな私の覚悟を嘲笑っているようだった。
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作者名:匿名希望 | 作成日時:2023年6月11日 11時